小説 | ナノ

act2 [ 50/218 ]


 東三条殿の隣に建つ私の家から、南に向かって半刻ほど歩いたところに薬師寺がある。
 出資者は珱で、勤務医は私と寺とは名ばかりの民間病院だ。
 自分の身の回りのものは、余所行きの着物を一着残し必要最低限のもの以外は売捌いている。
 それでも足りないので、珱に送られてくる品などを換金し運営資金にしているあたり我ながらセコイと思う。
 美貌があれば、貢いでくれる男がいただろうに残念なことに至って普通な容姿では無理だろう。
 白練の千早に朱色の緋袴を纏い脇に薬箱を持って屋敷を出るのも日課になったものだ。
「珱、行って来るわね」
「はい、お姉様。気をつけて」
 珱に見送られ、私は薬師寺へ足を運んだ。


 寺に着くと、既に患者が列を成していた。
「藍先生!! 娘が熱を出して診てやってくれませんか?」
「うちは、母の容態が悪化してご飯も喉が通らないんです」
 私を見た途端、ワッと押しかけてくる患者達を宥めながら中に入るように促した。
 優先順位は、命の危険が高い順番からである。直ぐに診て欲しい気持ちは分かるが、こればかりは譲れないので暗黙のルールとなっていたりする。
 幾つも部屋があり、重度患者ほど治療室に近い部屋となっている。
 押しかけてきた患者の顔を一通り診て、起きてるのも辛いものは広間に布団を敷き寝かせるように指示を出た。
 怪我人から病人まで診て薬を出す。昼も差し掛かろうとした頃、
「医者ーっ!! 薬くれ」
 バタバタと駆け込んできた雑鬼に、私はハァと溜息を吐いた。
「またですか。真昼間から人間に薬を強請る妖怪って聞いたことありませんよ。で、今日はどうしたんです」
 妖怪の姿など、この寺では日常茶飯事のことで薬師寺を訪れる患者は驚きもしない。
「実はよぉ。関東から来た奴良組なる百鬼夜行が妖狩りしてんだ。偶々そこに居合わせただけで殺されそうになって命からがら逃げてきたんだ。で、この様だぜ」
 腕にはザックリと大きな刀傷があり、私は眉を寄せた。止血されているものの、放っておいて良い傷ではない。
「これは、結構深いですね。縫わないといけませんよ」
「げぇっ! それは、勘弁してくれ」
「妖怪が何泣き言いってるんですか! ちゃんと麻酔しますから痛くありません」
 ジタバタと暴れる雑鬼に針を刺し痛みがないのを確認した後、彼の腕を取り桜皮の粉末を水で溶かした液体を布につけて患部に塗った。
「痛みはないでしょう?」
「そうだけどよぉ。怖いんだよ」
「妖怪の癖に情けないこと言わないの!」
 絹糸を針に通し裁縫よろしくチクチクと縫っていく。五針縫って、患部に薬を塗り包帯を巻いてやる。
「はい、終わりです。患部は水に濡らさないで下さい。一週間後にもう一度来て下さいね」
「分かった。医者も気をつけろよ。奴良組もそうだけど、生き胆信仰してる奴らがいっぱい居るからな」
 雑鬼の忠告に頷くと、彼は用件は済んだとばかりに出て行った。
「さてと、患者さんのご飯でも作りますか。小ぼおずさん、裏庭からお野菜採ってきて下さいな。家鳴りさんは、卵を回収して下さい」
 私の一言にワラワラと小さな妖怪が集まってくる。
「どれくらい必要だ?」
「そうですね。茄子五本と大根一本、にんじん二本に蓮根一本、玉葱二つでお願いします」
 それぞれ役割を与えると、各自の場所へと向かっていった。
 私は、たすきを肩に掛け台所へ入ると見知らぬ男が居た。
「何じゃ、なんも食いもんねぇじゃねーか」
 ブツブツと文句を言う白と黒の髪を持つ男に一瞬呆気に取られたが、大またで近づき彼の頭を容赦なく打った。
 バシンッといい音が鳴り呻く男に、私は仁王立ちして言い放つ。
「何してるんですか?」
 頭を叩かれた男は、勢いよく私の方を振り返りマジマジと見つめている。
「お前、ワシが見えるのか?」
「見えるから言ってるんです」
 キッパリ言い放つと、怪訝そうな顔をしてまた台所を漁り始めた。
「漁っても何も出てきませんよ。これからご飯作るんですから」
 そう言うと、ピタリと彼の動きが止まり今度は威嚇するように私を睨んできた。
「お前何じゃ?」
「人間です。貴方は、妖ですね。お腹空かせて台所を漁る妖なんて初めて見ましたよ。これからご飯作るんですから、あっち行って下さい」
 シッシと犬を追い払うように手を軽く振ると、ガシッと掴まれる。
「ワシの畏れが通じないなんて有得ん。何者じゃ?」
「だ・か・ら! 人間様だって言ってんでしょうが!! 徒人ですよ。何の力もない凡人です。貴方の相手してたら、ご飯が作れません。邪魔するなら手伝わせますよ」
 キッと睨みつけると、変な顔をされた。何だこいつは?と言いたげな表情だ。
「医者ぁ〜、採ってきたぞ」
 家鳴りと小ぼうずが、それぞれ野菜と卵を持ってきてくれたので二色頭の男はそっちのけで食材を受取った。
「ありがとう。ご飯が出来たら呼ぶから、患者さんを診てて下さい」
「分かった」
 パタパタと台所から出て行く彼らを見送った後、まだ後に居た男に声を掛けた。
「料理の邪魔ですから、あっち行ってて下さい」
 男を台所から蹴り出すと、私は食事の支度に取り掛かったのだった。

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