小説 | ナノ

act1 [ 49/218 ]


 妹は、非の打ち所がない存在だった。容姿は美しく、心根は優しく、教養があり欠点らしき欠点がない。そんな存在だった。
 それに引き換え、私は平凡な顔立ちで意地っ張りで気が強く可愛げのない女へと成長した。
 琴や歌は大嫌いで、暇さえあれば薬草を摘みに行っては連れ戻される。親にとってもさぞ扱いずらい存在だろう。
 どんなに頑張っても妹には勝てない。勝とうとも思わない。
 彼女は、彼女にしか出来ないことがある。私には、私にしか出来ないことがある。
 ただ一人の妹の心を守ることこそが、私の使命なのだから。


 貴族の家に生まれた以上は政略結婚は当たり前の時代で、私とてそれは例外ではないと思っていた。
 小さい頃から婚約者が居たし、何れはその男と結婚し子を産むもんだと半ば諦めていた節がある。
 妙年齢になったこともあり祝言の話も出た矢先、あろうことか婚約者である藤原隆雄が妹の珱に一目惚れして手篭めにしようとしていたのを目撃したのだ。
 彼が来ていると聞いた私は、面倒臭いと思いつつも昼の御座へと足を運んだ。
「……居ない」
 誰も居ないことに、まさかと思い駆け足で珱の部屋へと向かうと、渡殿の外まで聞こえるくらい大きな悲鳴が上がった。
「イヤッ……止めて下さいっ!」
「何故私を拒むのです。私は、貴女をお慕いしているのに」
 東北の対には、珱が藤原隆雄に押し倒されていた。恐怖で顔を青ざめる姿に私は頭が真っ白になり、簀子を蹴り飛ばし珱に圧し掛かる隆雄を思いっきり蹴り飛ばした。
「わたくしの妹に手を出すとは、どういう了見ですか?」
「藍姫、これは……違うのです。珱姫が私を誘惑して……」
 ワタワタと冷や汗をかきながら弁明する隆雄に、私の目が鋭くなる。
「……珱、本当なのですか?」
「いいえ、違います。隆雄殿が、いきなり私を押し倒してきたのですっ!!」
 目尻に涙を溜め違うと訴える珱に、私は彼女の頭を軽く撫でる。
「分かってます。この方とお話しなければなりません。珱は、わたくしの部屋に行ってなさい」
「はい、姉様」
 コクンと小さく頷き、珱は奥の部屋へと引っ込んだ。珱が部屋から出て行ったのを確認した私は、隆雄に向き直り拳を強く握り体重を乗せた突きをお見舞いした。
「ギャアッ!!」
 顔面に拳がめり込み、鼻血が垂れている。顔を抑え痛がる隆雄に第二陣とばかりに腹を蹴り上げる。
「貴方が、誰と浮気しようと文句は言いません。ですが、わたくしの珱を無理矢理手篭めにしようとした事は、万死に値します。珱が誘惑したなどとふざけた言い訳をしたのも許しがたい。婚約は破棄させて頂きます。出世できるとは思わないことです」
 ニッコリと笑みを浮かべ、親指を立てて首を横になぞる。ポカーンッと目を丸くして呆気に取られている隆雄の襟を掴みペイッと渡殿に放り投げる。
「二度と敷居を跨げると思わないことです。精々、背中には気をつけてお帰りあそばせ」
 そう言うと、ヒィィイッと悲痛な悲鳴を上げて逃げ帰る隆雄を私は清々した顔で見送った。
「珱、もう出てきて良いわよ」
 奥の部屋に非難した珱を呼び寄せると、パタパタと私の元に駆け寄りギューッと抱きついてきた。
「姉様……」
「怖い思いをさせてごめん。下半身の緩い男だとは分かっていたけど、まさか珱にまで手を出すなんて思わなかったわ」
「珱は、あのような方が姉様の旦那様になるのは嫌です」
 胸に顔を埋め幼子のように甘える珱を私は可愛いなぁ…と思いながら抱きしめ返した。
「婚約破棄するから問題ないわ」
「そうですか。それなら安心です」
 花が綻ぶような笑みを浮かべる珱に、私はホウッと溜息を吐く。
「でも、今日みたいなことがあったら恐ろしくて家から出られないわ」
 私の居ない間に、不貞の輩が珱を襲うようなことがあれば自分を許すことが出来ない。
「家を出る必要はありません。姉様と一緒に居られるなら珱は幸せです!」
 キッパリと言い切る珱に、私は苦笑を浮かべた。可愛いことを言ってくれるのは嬉しいが、ずっとこの家に居るわけにはいかない。
 遅かれ早かれ何れは家を出ることになる身だ。親父殿は、珱を溺愛している。私と違ってそう易々と嫁がせる気はないだろう。
「可愛いこと言ってくれるのね。嬉しいわ」
 珱には、内緒で護衛をつけようと心に誓い可愛い妹を愛でたのだった。
 後に婚約破棄を突き付けられた隆雄が、腹いせに私を『京一の醜女姫』と噂を流し、その効果は絶大で私に対する求婚はパッタリとなくなったのは云うまでもない。

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