小説 | ナノ

君と共に歩む時間@ [ 44/218 ]


 藍が台所を担うためか、奴良組の食事事情は非情に質素である。特に、藍が江戸に連れてこられた数ヶ月は本当に質素だった。
 振り返ると怒涛の一年だった気がする。羽衣狐に食べられかけ、三途の川を拝んで生還したら人の環から外れ不老になっていたし。
 その後、祝言だ。新婚旅行だで休む暇もなかった。数日前から作り始めたおせち料理とは別に、大晦日の宴会料理は良太猫率いる化猫組から出前となっており藍も最初から参加していた。
「良太猫んところの飯上手いな。作り方教わりに行こうかな……」
 パクパクと料理を抓む藍に、ぬらりひょんがムッとした顔で文句を言い始めた。
「ダメじゃ。行くな」
「良いじゃねぇか。料理の幅が増えるんだぜ」
「男に教わる必要はねぇ!」
 行き着く先はそこか。口に出して言わずにいたが、ぬらりひょんの嫉妬深さに藍は溜息を吐く。出会った頃もその片鱗を見せていたらしいが、夫婦になってからは容赦ない。
「料理を教わるのに、男も女もねぇよ。美味いと思った飯を作って食わせたい気持を無碍にする気か?」
「じゃが……」
「俺は、いつだって美味い飯を出してやりたいと思ってるし、色んな料理を覚えて食わせてやりたいんだよ」
「……分かった。藍一人で習いに行くのはなしじゃからな! 雪女か誰か一緒に行け」
「ハァ!? 嫌よ!! 面倒臭い」
 名指しされた雪女こと雪麗は、思いっきり顔を顰めて吐き捨てる。そりゃそうだ。料理は、火を扱うのだ。雪麗にとっては天敵とも言えるだろう。
「まあまあ、良太猫んところに行けば美味い酒もあるし。酒の造り方を教わりながら試飲できるぞ。」
 美味い酒と試飲にしっかり反応してみせた雪麗に、後一歩で陥落できると踏んだ藍は、更に追い討ちをかける。
「俺の試作品も食えるし、行って損はないと思うぞ」
「藍が、そこまで頼むなら行ってあげなくもないわ」
 雪麗の天邪鬼な了承に、藍はクツリと笑みを浮かべる。これを俗に言うツンデレというやつか。
「ず、ずるいです!! 私も行きます!」
「ゴフッ……」
 珱姫が、ぬらりひょんの顔を蹴り飛ばし酒瓶を片手にヒシッと藍の胸にしがみ付いている。
 ちらりとぬらりひょんを見ると、しっかりと足袋の痕が残っており、ピクリとも動かない。うーん、暫くはあのままか。しかも、ズリズリと足でぬらりひょんを蹴りながら隙間を作っている珱姫も凄い。
「化猫横丁に珱姫を連れて行くのは危険だからダメだ」
「危険なら藍殿も一緒ではありませんか!」
「俺、陰陽師だしその辺の妖に負けない。つーか、寧ろ負けた日には秀元から式文が飛ぶ。それに雪麗も一緒に行ってくれるしな」
「でもでも、私は藍殿と一緒に居たいんです!」
 ボロボロと涙を零しながら上目遣いで訴えられると、危うく頷いてしまいそうになり寸前のところで押し留める。
「そう言ってくれるのは嬉しいが、俺は習った料理を珱姫に食わせてやりたいんだよな。ずっと家を空けるわけじゃねーんだから、そんな風に言うな」
 ポンポンと彼女の頭を軽く叩くと、完全に納得したわけじゃないがそれ以上文句は言ってこなくなった。
 珱姫に酌をされながら杯を空けていると、やっと復活したぬらりひょんが物凄い形相で珱姫を睨みつけていた。
「そこを退け泥棒猫。藍は、ワシのじゃ」
「あら、まだ生きてたんですの。あのまま、死ねば良かったのに」
 上品に口元を隠しながら微笑を浮かべるが、言っていることは恐ろしい。
「そりゃこっちの台詞だ! お前なんぞ、藍が懇願しなけりゃ助ける価値もなかったんじゃ!!」
「藍殿を無理矢理江戸に連れてきて嫁に据えた忌々しい妖に助けられたなんてこれっぽっちも感謝してませんから! 貴方が、勝手に助けたことでしょう」
 一触即発の二人から、皆膳を手にススッと広間を出て行く。藍も、彼らの後に続き別の部屋で飲むことで話が落ち着いた。
「あーあ、あの酒高かったのに…」
 恐らくあの酒瓶は、凶器になるのは必死で『ぬらりひょん死なないと良いな』などと他人事のように思っていたら、
「大広間が大破したら、祝賀会が開けないわよ」
 雪麗の冷静な突っ込みに、藍はそれもそうかと頷き仕方が無いと彼らの元へと戻った。
 祢々切丸を振り回していないだけマシだが、壊れた襖や汚れた畳を見ると掃除が大変そうだ。
「おーい、お二人さんいい加減に止めようぜ」
 珱姫は予想通り酒瓶を持ち、ぬらりひょんはそれに対抗して箸と座布団を持っている。二人とも相当酔っているな。
「藍殿は黙ってて下さい! これは女の戦いです」
「ぬらりひょんは、女じゃねーし」
「そうじゃぞ、これは男同士の戦いじゃ」
「珱姫は、男らしいけど男じゃねーよ」
 性別を無視して阿呆なことを宣う二人に、藍は頭が痛くなってきた。
 この二人反りが合わないと常々思っていたが、原因が今ハッキリと分かった気がする。
 似た同士なのだ。いわゆる同族嫌悪という奴ではなかろうか。
「今すぐ止めろ。そしたら、チューしてやるよ」
 ピタッと二人の行動が同時に止まり、手にしていた酒瓶ならびに箸と座布団を放り投げていた。
「本当ですか!」
「止めたからしてくれ」
 キラキラと目を輝かす阿呆二人に、藍はニッコリと笑みを浮かべて言った。
「チューして欲しけりゃ、祝賀会までに大広間を修理すること。出来なきゃチューは無しな」
「ええ! そんなぁ〜」
「今しろ今!」
 背中越しのブーイングを黙殺し、藍は飲みなおすかと雪麗たちのいる部屋へと向かったのだった。

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