小説 | ナノ

四百年の時を超えてA [ 37/218 ]


 襟ぐりがざっくりと大きく開いた服の下に着るつもりだったキャミソールはなく、見せるブラというものを着用し七分丈の黒パンツを穿いた。
 最初は肩とかが気になったが、真夏日と言えるくらい暑いので時間が経つとあまり気にならなくなる。
 着替えが終わった藍は、部屋の外に居るであろうぬらりひょんの様子を見るために襖を開けた。
 伸びてはいなかったが、くっきりと四角い形がおでこに刻まれ赤く腫れているその姿に思わず笑ってしまう。
「プッ…クククッ…」
 普通なら藍を怒るなりするのだが、ぬらりひょんの様子がおかしい。藍を凝視したかと思うと、ガバッと抱きついてきた。
「なんじゃ、その格好は!! 思いっきりムラッと来た。ヤルぞ!」
「ちげぇだろう!! 何でそうなる万年発情妖怪がっ! ちょっとは自粛する事を覚えやがれこの野郎」
 いくら夫婦でも人前(鯉伴の嫁)で押し倒す節操の無さに、400年経った今でも変わらないのかと思うと情けなくなる。
 400年経っても、その性欲は一体どこから出てくるのか不思議でならない。
「ああ、もうっ! 話がずれまくってんじゃねーか。大事な話があるから、欲情するならその後にしろ」
 ヤラせる気は毛頭もないが、こうでも言わないと話が進まないのは、進歩のないぬらりひょんなら効果があると思ったからだ。
「大事な話ってなんじゃ?」
 やっと話を聞く体勢を取り、畳の上に腰を下ろしたぬらりひょんに、藍は事実を話した。
「結論から言う。俺は、あんたの知ってる今の藍じゃない」
「「はっ?」」
 ぬらりひょんと鯉伴の嫁は、同じタイミングで疑問符を浮かべた言葉を返す。予想通りの反応に、藍は淡々とした声でこれまでの経緯を説明した。
「俺が居たのは、400年前の年の暮れだ。大掃除を兼ねて蔵の整理してた際に、付喪神が宿った鏡の恨みを一身に受けて現代へ飛ばされた。恐らく、入れ替わるように現代の俺も400年前に飛ばされてると思う。条件が揃えば元に戻るだろうが……ぬらりひょん、貴様ちゃんと自分の下僕くらい把握しとけよボケナスが。てめぇのせいで、俺はとばっちり食らってんだぞコラ」
「原因となった鏡が、いつからあったのか覚えておらんからなぁ。まあ、いつの間にか付喪神になってたと考えるのが妥当じゃろう。それにしても、時空を超えるなんて滅多にない体験じゃな。切欠があれば戻れる。そう心配せんでも大丈夫だ。安心せぇ」
 どうしてくれようかと睨みつけるが、相手は400年も年を食った妖怪である。
 十数年しか生きてない人間が適うはずもなく言い様に丸め込まれてしまった。
「大方、どっかからパチッてきた鏡を使う事無く蔵に放り込んだんだろう。付喪神の方が哀れだぜ」
 ハァと大きな溜息を吐くと、ぬらりひょんはカラカラと笑い言った。
「溜息を吐いたところで、事態は変わらん。楽しめ楽しめ」
「そうですよ! お義母様も400年後の未来に来ているんですから、これを機に楽しみましょう。私のことは皐月と呼んで下さいね」
 物凄く良い笑顔を浮かべる鯉伴の嫁に、藍はゾクリと悪寒を感じた。
「俺が、この場にいること事態規格外だ。下手に動いて歴史を捻じ曲げ、誰かが消えるような事があったら困る。大人しくしている方が良いだろう」
「なら、ワシと愛し合うか?」
 ニヤッと憎たらしい笑みを浮かべるぬらりひょんに、藍は酷い疲労感を覚える。
「……そんな事してみろ。400年前のお前に俺が怒られるじゃねーか」
 怒られるだけで済めば良いが、当分部屋から出して貰えず、飢えで泣く奴良組の下僕達の顔が過ぎる。
 ぬらりひょんの嫉妬深さによく愛想が尽きないな自分と感心してしまう自分も相当麻痺しているらしい。
「お義母様の事は、私が見ておきますからお義父様は出て行ってください」
 廊下を指さし退出を命じる皐月に、ぬらりひょんが納得するわけがなく、彼女に食って掛かっている。
「わしは、藍の夫じゃ! お主こそ出て行け」
 一瞬、ぬらりひょんvs珱姫の姿が浮かび、部屋が半壊するかもと心配したが、そんな事にはならなかった。
 動いたのは皐月で、コショコショとぬらりひょんに何やら耳打ちすると、手のひらを返したようにすんなりと出て行ったではないか。
「……一体、あの馬鹿に何を吹き込んだんだ?」
「大した事ではありません。お菓子を持ってきますので、少しお待ち下さいね」
 何かを隠したような曖昧な笑みを浮かべ、誤魔化すように出て行った皐月を見て、ここに居るのは危険と藍の頭に警戒音が鳴った。
 陰陽師の感を侮るなかれ。嫌な予感とは、高確率の割合で当たってくれるのだから嬉しくない。
 どこかへ身を隠さなければ……。そんな思いが、藍を突き動かし襖から顔を覗かせキョロキョロと辺りを見渡し誰も居ないことを確認した藍は、こっそりと部屋を抜け出した。
 抜け出した矢先に待ち構えている強敵がいるとは、藍は知る由もなかった。

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