小説 | ナノ
四百年の時を超えて@ [ 36/218 ]
大抵のことでは、驚かなくなった。自分の出生もそうだし、ぬらりひょんの元に嫁いでからというもの毎日何かしら起こるので、悲しいかな耐性がついてしまった。
しかし、いくら耐性がついても偶発的に起こる出来事に驚かないと云うことはないのだ。
年末に向けて大掃除していた藍が、蔵の整理を行っていた時に問題が起こった。
寒々しい話には事欠かない奴良家の蔵に、まさか時空を超える代物が眠っているなど誰も思いもしなかっただろう。
いきなり鏡が光り出したかと思うと、ついで自分の身体がふわりと浮かぶ。まるで絶叫マシーンに無理矢理乗せられ、高い場所から落とされたような感覚だ。
胃の中がひっくり返りそうになるのを我慢したが、あまりの気持ち悪さに藍は意識を放棄した。
粗雑に扱われた挙句、蔵に眠ったままだった古い鏡に付喪神の恨みを一身に受ける羽目になった藍が目を覚ましたのは、400年先の未来だった。
目が覚めて違和感を覚えたのは、部屋の中の雰囲気だった。
物凄く見覚えのある文明機器に目を見張る。
「……なんでパソコンがこの時代にあるんだ?」
まごう事無くそれはパソコンで、OSを確認すると自分の知らないバージョンが出ていた。隣には携帯電話が置いてある。
前世では、パソコンや携帯電話は当たり前のように普及しており、それを駆使して問題作家の尻を叩きまくった記憶がある。
「ああ、お義母様!! 急に起きてはダメです。蔵の整理をするって言って篭られたかと思ったら、いつまで経っても戻ってこられなくて見に行ったら倒れられて……私、心臓が止まるかと思ったんですからねっ」
栗色の髪をした自分より少し上の可愛らしい女性が、目尻に涙を溜めて泣くのを我慢する姿にどこか珱姫と被るな…などと藍は思っていた。
いや、それよりも自分のことを彼女は『お義母様』と呼ばなかっただろうか。
「……西暦何年?」
「20XX年の6月1日です」
彼女の装いや現状から考えて未来にいることは予測がついたが、まさか400年も先にトリップすることになるとは思わなかった。
「6月なのに、8月並の猛暑というのに蔵の整理をしようなんて自殺行為にも程があります! というか、厚い着物を着てすることではありませんよ。熱中症になって当たり前です。ところで、いつ着物にお着替えになったんですか?」
着替えたのではなく、元々着ていたのだ。今、自分がここにいるとすれば400年前に現代の自分が過去へトリップしているはずだ。
「説明すれば長くなるから、ぬらりひょんを呼んでくれ」
「は、はい!」
彼女は、そういうと部屋を飛び出しパタパタと廊下を走り出て行った。
今の藍の格好はというと、単姿である。緊急とはいえ、他人に着物を剥かれたとなればぬらりひょんの反応が怖い。
「いや、待てよ……。ぬらりひょんを呼びに行かせた方が不味かったか?」
好きあらば『誘った』と言っては藍を襲うような男である。
今は、単姿―いわば下着同然の格好である。奴が、発情しないとも限らない。
サーッと血の気が引いた藍は、真っ先に考えたのは逃亡だった。
流石に単姿でうろつくのは気が引けるので、服に変わるものがないか探したら、押入れの中に仕舞われていた紙袋を発見した。
出てきたのは綺麗に畳まれた女物の服だ。おもむろに一つ手にとって見ると、襟ぐりがざっくりと空いた服だった。
レースがついたキャミソールが中に入っており、胸元を気にすることもなくて良い。七分丈の黒パンツも入っており、背に腹は変えられないと着替えることにした。
単の帯を解いたところで、ガラリと襖が開く。
「藍、大丈夫か?」
「うわぁぁあああっ!! 急に入ってくんなこのド阿呆!」
中へ飛び込んできたぬらりひょんに驚いた藍は、襟を掻き合わせ彼の顔目掛けて、近くにあった携帯を投げつける。
ガンッといい音を立てて携帯がぬらりひょんの顔に命中する。伊達男なのは、昔と変わりないままで流石妖怪と思ってしまった。
自分の命を助けたせいでお互い不老になるという呪いを受けてしまったのだから仕方が無いのだが、流石に携帯を投げつけたのはやりすぎたか。
「お義母様、大丈夫ですか? お義父様、婦女子の着替えを覗くなんて言語道断です。いっぺん死にますか?」
ぬらりひょんを踏みつけ、藍に駆け寄り心配し、さらにぬらりひょんに対し辛辣とも取れる言葉を平気で吐くその姿はまさに珱姫そのもの。
ぬらりひょんの反応が怖くて見る事が出来ない藍に代わり、彼女が背中を押し部屋の中へと入れてくれた。
「今のお義母様の姿は、目に毒です。早く着替えましょう」
誇れるのは胸の大きさくらいだが、そんなに見るに耐えないくらい悪いのか? 流石にちょっと凹んだ。
ノーブラでキャミソールを着ようとしたら怒られた。凄くいい笑顔を浮かべて。
「ダメですよお義母様! 折角、綺麗なお胸が潰れてしまいます。ここは、ババ〜ンッと見せなければ」
「いや、見せる必要はないと思だろう……」
「チラリズムにしたら、お義父様に襲われかねません。ええ、絶対襲うでしょう。あのケダモノはっ! ですから、堂々と出した方が良いんです」
寧ろ、露出は控えたい。中身おっさんの自分が、女物の着物を着るよりも女物の洋服を着る方が抵抗があるのは、その露出の高さゆえだと思う。
だが、チラリズムの危険性を主張する鯉伴の嫁の言葉に頷けるものもあってか、藍は彼女が言われるがままに服を着たのだった。それが間違いだとは知らずに。
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