小説 | ナノ

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 花開院総本山に着いたぬらりひょんと藍は、厳格な門の前に佇んでいた。
「とうとう帰ってきてしまった……」
 哀愁漂う彼女の背中をぬらりひょんは慰めるようにポンッと叩く。
「諦めが肝心じゃぞ」
「そうは言うがなぁ……。ああ、行きたくねぇ……」
 逃亡したい気持ちを必死で抑えながら、緊張した面持ちで門を開いた藍はビシッと固まる。
 それもそのはず、藍を呼び戻した張本人がニヤニヤと笑いながら立っているではないか。胡散臭い笑みを浮かべているが、目は笑っていない。相変わらず器用な男である。
「久しぶりやねぇ、藍ちゃん。元気にしとった?」
「お久しぶりです」
 秀元の背中に般若を見た藍は、顔を反らしながら距離を置こうと後ずさるがガシッと掴まれた肩には指がしっかり食い込んでいる。
「どこ行くん? 失礼やなぁ、人の顔見て逃亡やなんて僕そんな子に育てた覚えないで」
「ハハハッ、イヤデスネー。ソンナコトアリマセンッテバ!」
 片言で話す藍に、ぬらりひょんはハァと溜息を吐く。
「その辺にしといてやれ。藍が怯えとんじゃねーか」
「ぬらちゃんは、黙っといて! これは、うちの問題や!! ぬらちゃんとの結婚は許したけど、何の連絡も寄こさんと祝言挙げた薄情もんの娘に育てた覚えはあらへん!」
 キーッと発狂する秀元を見て、ぬらりひょんは口を挟むと自分までとばっちりと食らうと判断し傍観を決め込んだ。
「あ、ずるいぞ! 庇うとかしろよ!!」
「暴走しとるコイツに何言っても無駄じゃ。諦めて怒られてくれ」
「そうやで! とことん説教師たるからな!!」
 藍の襟を掴みずるずると屋敷の中に引っ張っていく秀元を見ながら、ぬらりひょんは心の中で合掌した。


 秀元の説教から解放された藍は、グッタリと生気を失ったように眠りの世界へと早々に旅立って行った。
 ぬらりひょんは、台所から酒を失敬し秀元のところを訪れていた。
「藍の奴、早々に寝ちまったぞ。お前、説教長すぎじゃ」
「ええんよ。藍ちゃんには、あんくらいせんと効果ないんやもん」
 長年師弟関係を続けているだけあって、藍の操作は秀元の方が一枚も二枚も上手だった。
「で、藍を強制的に寝かせて何のつもりだ?」
「なんや気付いとったんか。藍ちゃんは、全然気付かんかったのに。おかしいなぁ……」
「藍ほど鈍くないぞ」
「うん、せやろね。自分のことは、おもっくそ鈍ちんになるから扱い易いっちゃー易いんやけどな。まあ、ええわ。今後の事を考えると、ぬらちゃんは知っとく必要がある。藍ちゃんに言うたらあかんで?」
 普段の飄々とした表情はそこになく、いつになく真剣に秀元はぬらりひょんを見ている。
「内容による」
「じゃあ、聞いてから判断したらええわ。ぬらちゃん優しいから言えるとは思えんし」
「……」
「藍ちゃんの身体で子供が出来るか危ういで」
「は?」
 言いにくいことを何の前置きも無くスパッと言い放つ秀元にぬらりひょんは、一瞬何を言われたのか理解出来ず間抜けな問いを返していた。
「子供が出来にくくなっとるって言ってんの! 一回で聞き取りぃや。難聴になんのは早すぎやで」
「誰が難聴じゃ! つーか、子供が出来にくいってどういうことじゃ?」
 ぬらりひょんは、眉を顰め秀元を睨みつけた。睨まれた彼は、小さく肩を竦めて言った。
「言っとくけど、禁術の副作用とちゃうで。ぬらちゃんが、受けた呪いのせい。あの糞狐、最後の最後に呪い掛けて逃げよったやろう? ぬらちゃんの魂繋いだ時に、藍ちゃんも一緒にその呪いを受けたんや。全く出来んわけやないけど、下手したら何年経っても出来ん可能性もある。いくら不老やからって子が成せへんかったら、彼女の風当たりはよぉないしな」
「何とかならんのか?」
「僕、ドラ○もんとちゃうで? 無理! ……と言いたいところやけど方法はある。ただ、藍ちゃんが物凄く嫌がるちゃうんかなぁ。ま、ぬらちゃんが藍ちゃんに嫌われても別にかまへんけどなー」
 ケタケタケタと細い目をより細くして笑う秀元に、ぬらりひょんは殺意を抱いたがなけなしの理性で我慢する。
「で、その方法ってなんじゃ?」
「うん、これ!」
 ポンとぬらりひょんの前に置かれたのは一冊の書物。四十八手の極意と書かれた怪しい書物だ。
「……四十八手? 相撲のことか?」
「ありゃ、ぬらちゃんでも知らんことあんねんなー。相撲の四十八手とちゃうで、性技の四十八手。子供を授かり易い体位や男女の産み分けができる体位とか色々あんねんでー。普通にやってもあかん人が行き着く場所やね。これ読んで、藍ちゃんに実践したり」
 手に取りパラパラと捲ると、絵付きで詳しく解説が入っていた。春画よりも現実味があり、あまり気分はよろしくない。
「温泉とか普段と違う場所ですると子供作りやすいって言うし、折角京都に来たんや。亀岡の湯の花まで行ったらどうや? 簡素やけど落ち着いたええ温泉を堪能できんで」
「それは良いかもしれんな。詳しい場所を教えてくれ」
「ええで」
 藍の預かり知らぬところでぬらりひょんは、まんまと秀元の策略に嵌っているとは気付くことはなかった。

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