小説 | ナノ

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 藍の逆プロポーズを受けた後、祝言までそう時間は掛からなかった。ツキヨタケ食中毒事件の一件から藍との婚姻を渋る輩は随分と減ったからだ。
 最後まで反対していた妖怪は、ぬらりひょんがキッチリ(脅して)説得して許可をもぎ取り祝言まで漕ぎ着けたのだ。
 妖と交わるわけで、神前どころか仏前の前で誓いを立てる気はなかった。挙げるなら人前式で良いだろうと藍の一言で、藍に縁のある人間と妖怪が招待された。
 勿論、祝福の門出に祝ってくれる者が多ければ誰でも入れるように庭を開放してある。そこに藍の狙いがあるなど、誰が思うだろうか。
 妖怪が、慌しく式の準備に走り回っていた。噂を聞きつけて、次々と妖怪が集まってくる。
 広間には、紋付袴を着たぬらりひょんが上座に座り新婦を待っている。
「あいつは、まだか? 早朝から仕度しているようじゃが、いつになったら終るんじゃ」
 ソワソワと落ち着きのないぬらりひょんに、牛鬼は思わず溜息を零しそうになりなんとか飲み込む。
「……女という生き物は、仕度に時間をかける習性がありますゆえ。藍殿も、普段はしない化粧をし美しく着飾っているのだと思いますよ」
「そうか……。ワシはいつものあいつで良いと思うがな」
「ああ、そうですね」
 惚気ているつもりはないのだろうが、ぬらりひょんの惚気に牛鬼は投げやりに返事をした。


 一方、藍は雪麗と珱姫を巻き込み白無垢を着て化粧を施していた。
 普段はしない香を焚き、紅を引く姿はいつもの見慣れた彼女ではなく、まるで別人のように美しかった。
「ここまで変わるとは予想外ね」
「藍殿、とってもお綺麗です。今日、妖様の元に嫁ぐと思うと……悔しくて悔しくて堪りません」
 手ぬぐいをギリギリと握り締めて、怨念の篭った祝福を珱姫から受け、藍は苦笑いを浮かべる。
「珱姫と雪麗の腕が良いからだろう。それより、玉藻って奴は来てたか?」
「ええ、帳面に書かれてたわ。受付していた奴が、バッチリ顔見てる」
「どんな容姿だった?」
「長く癖のある栗色の髪をした猫股の妖怪よ。背は、そんなに高くはないわね。そこそこ美人ってところかしら」
 雪麗に特徴を聞くと、彼女は顎に手をあてながらツラツラと特徴を上げていく。
「見覚えはあるか?」
「さあ? あんたに会う前の総大将の女関係は、相当酷いもんだったからね。何もしないで女が寄って来るし、総大将も拒まなかったし。あれだけ派手に遊んで、一度も間違いを起してないのが凄いわ。あんたを除いてだけど」
「いくら中出しすんなって言っても聞かなかったしな。それで百年も失敗しないのは不自然じゃねーか?」
「……ちょっと、その話本当なの?」
 神妙な顔で問い詰める雪麗に、藍は渋い顔で頷いた。
「本当も何も、最初からそうだぜ。こっちが、排卵日や危険日を計算して大丈夫な日以外は出かけないようにしていたからな」
「……その時から本気だったのね。負けたわ」
 畳に手を付きガクッと項垂れる雪麗に、藍は首を傾げる。
「どういう意味だい、そりゃ」
「総大将が、どうでも良い女に妊娠させるような真似はしないって事よ」
「……お前、あいつと寝たのか?」
「ええ、大昔にね。数回だけど」
 予測はしていたが、聞いただけで眩暈がしそうだ。よりによって雪麗と関係があるなんて最悪だ。珱姫は、ぬらりひょんの女癖の悪さに顔を顰めている。
「……藍殿、妖様に嫁ぐのはやっぱり反対です! あんな女癖の悪い男の元に嫁いだら絶対不幸になります。今からでも遅くありません。京に戻りましょう!」
「ハァ!? 何今更言ってんのよっ。もう、祝言の準備は出来てんのよ」
 珱姫の言葉に、雪麗が声を荒げる。祝言に穴を空けようものなら、奴良組のいい恥さらしである。
「女癖の悪さも全部含めてぬらりひょんと一緒になりたいんだ。それに、この祝言は珱姫のためでもあるんだぜ」
「私のため?」
 意味深な藍の言葉に珱姫は目をパチクリさせる。悪巧みを考える藍の笑みに、雪麗はぬらりひょんに心の中で合掌を送った。
 この奥方は、心底ぬらりひょんに惚れて嫁ごう決めたのではなく、珱姫に危害を加えた妖怪を炙り出すために祝言を挙げる気だ。
 ぬらりひょんは、まんまと藍の言葉に惑わされ手の上で転がされている。
「それに、ぬらりひょんに懸想する輩を牽制するには丁度良い舞台だしな」
 ニッコリと綺麗な笑みを浮かべて楽しそうに計画を語る彼女を雪麗は心底怖いと感じた。
 短い付き合いで彼女の人なりを分かっているつもりでいたが、自分の大切なものに手を出されるとプッツン切れる性質らしく、どうやら一番敵に回してはいけない人種のようだ。
「見せしめに玉藻を潰す。俺は、陰陽師の出来が良くないからな。下手すると白無垢が血で染まっちまうかもしれねぇが、お色直しすんだ。問題無いだろう」
 いっそう清々しいほど残酷な彼女の豹変振りに、雪麗だけでなく珱姫も唖然としている。
「さあ、祭の始まりだ。俺の家族に手を出した罪、その魂でキッチリ詫びて貰うぜ」

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