小説 | ナノ

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「総大将、用意が整いました」
 余所行きの着物を着た雪麗が、ぬらりひょんに一礼しスッと襖を開ける。
 ざわついていた周囲が一様に息を呑む音が聞こえ、雪麗は内心高らかに笑った。
「あれが、藍殿か?」
「まさか、あんなに美しく化けるとは……」
「何かの間違いではないのか?」
 藍の変貌に言葉を失う者、信じられぬ者、青ざめる者と様々だ。
 凛とした立ち姿で辺りを見渡した彼女は、ぬらりひょんに向かって流れるような仕草でスッと手を差し出した。
 それが何を意味するのか、ぬらりひょんを含め周囲は分からなかった。
「ぬらりひょん」
 彼女は、ぬらりひょんの元に行くのではなく迎えに来いと言いたいのだ。
 それを察したぬらりひょんは、心得たとばかりに席を立ち悠然と広間の真ん中を歩く。そして、藍の前に立ちその手を取った。
「綺麗じゃな。惚れ直した」
「あんたもな」
 藍を上座に誘い腰を下ろす。朗々と烏天狗の挨拶が入り、下僕たちから祝辞を賜った後で漸く三々九度の盃を交わそうとしたその時だった。
 藍達の結婚に異を唱える者が出た。
「ぬらりひょん様、珱姫といい汚らわしい人間を妻に迎えるおつもりですか!! あなた様なら、もっと相応しい相手がいるでしょうに」
 藍を侮辱する言葉に、ぬらりひょんの目が剣呑になる。藍は、彼の腕を掴み耳打ちした。
「俺がこの場を納める」
 不満気に藍を一瞥し、何を言っても無駄だと分かると高みの見物をするべく腕を組んで静観に徹した。
「退きな」
 藍は、スクッと立ち上がり進路を邪魔している妖怪達を退かし悠然とした足取りで渡殿に出る。
「名は?」
「薄汚い人間に名乗る名などない!」
 まるで毛を逆立てて威嚇する猫のようだ。藍は、気にした様子もなく彼女の名を言った。
「玉藻御前だろう。猫股の長殿」
「っ……気安く私の名を呼ぶな! 私の名を呼んで良いのは、ぬらりひょん様だけよ」
「だってさ、ぬらりひょん」
 藍が、チラリとぬらりひょんに流し目を送ると彼はさもどうでも良さ気に欠伸を噛み殺している。
「誰じゃ、こんな女を屋敷に入れた奴は……。藍よ、早く三々九度交わそうぜ」
 ぬらりひょんの言葉に、藍はクツリと笑みを浮かべ玉藻に向き直り言った。
 相手にされていない玉藻は、青ざめて怒りで身体が震えている。
「珱姫を殺し、妻の座を手が手に入るとでも思ったか? 残念、俺が貰ったよ」
 妖艶な笑みを浮かべクツクツと笑う藍に、玉藻の身体から妖気が溢れ出る。口が大きく裂け身体に毛が生え始める。
 奴良系の化猫組と比べ、可愛らしさもない。本性は、どう取り繕っても醜悪だ。長い爪が、藍を目掛けて振り下ろされる。
 そんな状況でも、藍は恐れた様子を見せない。ぬらりひょんも動こうとしない。
「死ねぇぇええ!!」
「縛」
 刀印を結んだ藍が、空に五芒を描き刀印を振り下ろした。縛魔の五芒に捕らえられた玉藻は、容赦ない拘束に息を詰める。
「俺は、陰陽師の才能が無いから手加減出来ねぇんだわ。しかも防御には向いてない上、補助系の動作も下手でなぁ。単なる縛術だけで妖怪を圧死させたり出来るんだぜ。捕まえるつもりが殺しちまったなんて昔は結構あったから、秀元には呆れられたもんだよ」
 藍が陰陽師のくせに陰陽術を使わない理由が、そんなところにあるとは誰も予想していなかったに違いない。
「あ”っ…ぐ…ぅ、っ…」
「薄汚い人間の小娘に良いようにされる気分はどうだ? 俺が、ぬらりひょんの隣に立つのが気に食わねーって奴は前に出な。相手してやるよ。ただし、命の補償はしないがな。奴良組の……俺の家族に手を出す奴は、誰であろうと許しはしない」
 それだけ言うと、藍は結んでいた刀印を解く。ガクッと崩れ落ちた玉藻を一瞥し、藍がクルリと背を向けた時だった。
「人間如きに私が負けるなど有り得ないっ!!!」
 大きく振りかぶり鋭い爪で引き裂こうとする玉藻よりも、藍の退魔刀の方が到達するのは早かった。
 がら空きになっていた懐を退魔刀で容赦なく切り付ける。
「大人しくしてりゃあ命までは取りはしなかったんだがな。残念なことに、命を狙う輩を生かしてやるほど優しくはないんでね。地獄でテメェの所業を恨むこった」
 切り付けた場所から妖力が漏れ出ている。返り血を浴びても平然と宣う藍に、妖怪達は青ざめた顔で彼女を見ていた。ただ一人、ぬらりひょんだけはクツクツと笑っている。
「さて、続きでもするか」
 スタスタとぬらりひょんの隣に座る藍に、その格好でするのかと烏天狗に説教された。
「祝言の席で刃傷沙汰を起して返り血を浴びる嫁がどこにおりまする!! せめて着替えるとかして下さい」
「面倒くせー。三々九度したら着替えてくるし良いだろう。なあ、ぬらりひょん?」
「ああ、格好に拘る気はねぇしな」
「ちょっとは、拘って下さいよ!!」
 烏天狗の怒声などお構いなしに、ぬらりひょんと藍は勝手に三々九度を始めている。
 魑魅魍魎の主の嫁は、彼に相応しい最強の嫁であり敵に回してはいけない要注意人物と後に妖の間で噂になった。
 藍とぬらりひょんの祝言は、後々にも語り草となるのは別のお話である。

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