小説 | ナノ

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 ずんずんと無言で自分達の部屋の前まで来ると、藍は手を離しぬらりひょんを部屋の中に押し込んだ。
 近くにいた妖怪に暫く近づくなと言った後、彼女はぬらりひょんの襟を掴み押し倒す。
 今まで怒らせてきたこと数知れず、それより比にならないほどの怒気にぬらりひょんは冷や汗をかく。
「藍?」
 目を瞑り殴られるのを覚悟したが、藍が与えたのは温かい抱擁と口付けだった。
 唇を合わせるだけのそれに、ぬらりひょんは目を丸くする。
 いくらこちらが強請っても、彼女はそういう行為はしてくれた試しがないだけに衝撃的過ぎた。
「藍」
 一方的だった口付けは止み、ぬらりひょんは彼女の頭を抱え離れていかぬように腕の中で動きを封じる。
 薄らと開いた唇に舌を忍ばせると、積極的に絡み付いてくる。
「んぅ…ふぅ、んんっ……ぁふ…」
 猫の仔を思わせる鼻にかかった喘ぎは、ぬらりひょんの欲望を刺激するには十分だった。
「んんんっ!? ャ、アゥ…んぁあ…ふ、ん…ムゥ…」
 濃厚な口付けを与えながら、着物の帯を手際よく解く。シュルリと音を立てて畳の上に落ちた帯に、漸く彼女は焦った様子でぬらりひょんから離れようと試みる。
「逃がさぬ。お前が煽ったんじゃ。大人しくワシに食われろ」
「お、まぁ…口吸い、しただけで、発情すんな……」
 濃厚すぎる口付けで酸欠状態に陥っていた藍は、目に涙を溜めながら上目遣いでぬらりひょんを睨みつけるが逆効果である。
「藍っー!! 涙目で上目遣いでお強請りなんて技どこで覚えたんじゃ」
 ガバァッと襲い掛かるぬらりひょんに、藍の悲鳴が上がる。
「何だその嫌なスキルはっ!! 涙目になってんのは単なる酸欠で苦しかっただけだっつーの。俺とてめぇの身長差で、必然的に上目遣いになるのは当たり前だろうが。そもそも誘ってないし!」
 ぬらりひょんの顎を両手で押さえ、ギギギッと音が出るんじゃないかと思うくらい必死になって押し返している。
「あの口吸いは何て説明するんじゃ? ワシが強請ってもしてくれんくせにのぉー」
「あれは……ううっ…」
「ほれ、言わんともっとするぞ」
 顎を掴みクイッと上に持ち上げる。唇を重ねる寸前で、藍が観念したかのようにポツリポツリと心情を言葉にした。
「……嫉妬したんだ。俺はあんただけなのに、あんたは沢山の女を知っている。過去の事だと分かっていても、ムカツクんだよ。皆の手前ではああ言ったが、正直あんたの心を留めておける自信は無いし、自分にそれほど魅力があるのかサッパリ分からない。興味が薄れたら、離れていくんじゃないかって時々思う」
 そう零す藍の顔は、狂おしい恋に溺れた女の顔をしていた。
 絆された感が否めない関係の延長線上にあっただけに、彼女の本音はぬらりひょんにとって嬉しいものだった。
「見目の良い女は沢山見てきたが、ワシはあんたが一番可愛くて美しい」
「眼科に行け」
 半眼でぬらりひょんを睨みつける藍に、こういうところが可愛いのだと心の中で呟く。本人に言えば、怒られるだろうが。
「あんたは、自分の顔を十人並みだと思ってるだろうが着飾れば珱姫と並ぶぞ。それに、ワシは単に容姿だけで自分の伴侶を選んだわけじゃねぇ。真っ直ぐなまでの気性と懐の大きさ、無垢で綺麗な心に惹かれたんじゃ。傍にいるだけで心が安らぐ。ワシの周りが、賑やかに華やぐんじゃ。人を拒んでいたあいつらが、あんたをいつの間にか受け入れたんじゃ。もっと自分に自信を持て」
「……胸を揉みながら言う言葉じゃねぇぞ」
「好物が目の前にあったら、手を出さねば男が廃るじゃろう」
「折角良いこと言ってんのに、その行動で台無しだ」
 ブツブツとぼやく藍の表情は、どこかスッキリした顔になっている。
「まあ、百年近くも生きて俺が初めてだって言ったら捨てたけどな」
 ニヤッと嫌な笑みを浮かべる藍に、ぬらりひょんはヒクッと顔を引きつらせた。
「そりゃ、どういう意味だい?」
「言葉のまんまだ。百年も童貞だったら逆に怖いだろう。不能か異常な性愛者か、まあ色々と勘ぐるわな」
「あんたって奴は……」
 藍の言い草にぬらりひょんは、ガクッと脱力する。結局、百年生きているのに彼女に勝てた験しがない。
「ぬらりひょん」
「なんじゃ?」
「俺と結婚しよう。幸せにしてくれなんて言わない。俺が、あんたを幸せにしてやる。帰る場所になってやる。だから、一緒になろう」
 ぬらりひょんの求婚を是と答えているが、逆に求婚されたことにぬらりひょんは呆気に取られる。そこに彼女の思惑があることなど知るよしもなく。
「勿論じゃ! 気が変わらぬ内に急いで祝言を上げるぞ!! カラス、祝言じゃ。祝言の準備をしてくれー!」
 部屋を飛び出して祝言の準備をしろと触れ回るぬらりひょんに、藍はニンマリと唇に弧を描いていた。
「珱姫に手を出した大空けを炙り出してやる」
 上手くぬらりひょんの思考が、エロから祝言へ切り替わったことは思わぬ誤算だったが、このまま約束も霞む勢いで祝言に持っていければ万々歳である。
 ぬらりひょんに懸想する者たちへの牽制及び、玉藻の炙り出しに己の祝言を利用することに藍に躊躇いはなかった。

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