小説 | ナノ

2-3 [ 24/218 ]


 狒々に留守番を言いつけた藍は、市場へと駆け出した。夕暮れ時のためか、市場は閑散としている。
「おっさん、焦げ茶の髪の美少女見なかったか?」
「さあ、見かけなんだがさっきこの辺りで人攫いにあった奴がおる。あんたも気をつけた方がいい」
「――っ……そうか、ありがとう」
 男に礼を言うと、藍は脇目も振らずに走り出した。誘拐されたのは、恐らく珱姫だ。ギリッと唇を噛締め、いいようのない怒りが心の中でとぐろを巻く。
 近所への買い物だからと安心して送り出したのが不味かった。ぬらりひょんが居ないのを見計らって、力の無いものを誘拐しようとする妖がいてもおかしくはない。
「珱姫……無事で居てくれよ」
 嫌な考えが頭の中を埋め尽くす。市場を隅から隅まで探し回っていると、珱姫と一緒に買い物に出掛けていた小鬼が泣きながら藍に飛びついてきた。
「藍ざまぁああ……珱姫が、珱姫が浚われたです」
 足元に張り付きながらエグエグと泣き出す小鬼に、藍の顔から表情が無くなる。
「走ってきたってことは、珱姫の浚われた場所を突き止めてるってことか?」
「はい、よ、よ珱姫が浚われて…ヒグッ…藍ざまを呼びに行こうかと思ったけど。でも…そんなことしたら、珱姫どこへ連れ去られるか分からなくて、付いて行ったんです。浮世絵町の外れにある廃寺にいます」
 小鬼とて怖かったのだろう。ボロボロと涙を零しながら、守れなかった無力さに悔しさを感じているようだ。
「よくやった。小鬼、珱姫を助けに行くぞ」
「はい!」
 小鬼を抱き上げ肩に乗せると、彼の先導されながら廃寺へと向かった。
 廃寺に着くと、男の死骸が寺の前に転がっていた。彼の胸には、鋭いもので突き刺された痕がある。珱姫の安否が心配だ。
 本堂に入ると珱姫が胸を押さえて蹲っている。
「珱姫っ!! 無事か?」
「藍殿、ええなんとか。持っていたのが、退魔刀だったので峰打ちで済みました。この脇差が人は切れない性質を知ってなければ、私死んでたでしょうね」
 珱姫の着物は胸元が切れている。肌は、内出血の痕が見える。
「それを持てるのは、ぬらりひょんか人くらいだ。色々と聞きたいが、まずはここから出よう。ここは危険だ」
「ええ、そうですね」
 珱姫を支えながら藍は廃寺から連れ出した。九死に一生を得たと言うべきか。外で殺されていた男のように、珱姫も同じ道を辿っていたら藍は一生自分のことを許せなかっただろう。
 藍と珱姫、小鬼は時間を掛けて回り道をしながら無事奴良邸に戻ることが出来た。


 泥と埃で汚れた珱姫を風呂に入れ、藍は救急箱の用意をしていると小鬼に事情を聞いた納豆小僧や豆腐小僧らがワラワラと寄って来た。
「藍様、珱姫は大丈夫なのか?」
「ああ、秀元が作った退魔刀のお陰で死なずに済んだ。夕食は家にあるもので作るからもう少し待ってくれな」
「珱姫が大変だったんだ。飯の心配なんかしてられないっすよ」
 納豆小僧の一言にうんうんと頷く小妖怪たちに、藍はありがとうと礼を述べた。
 自分はともかく、珱姫は藍の主人というだけで奴良組とは何ら関係のない人間なのだ。
 それを家族のように受け入れてくれて心配してくれる彼らの存在は、藍にとって嬉しくもあり有り難かった。
「藍殿」
 風呂から上がった珱姫が、襖を開けて中に入ってきた。
「お前ら、外に出てろ。珱姫の手当てをする」
「分かりました〜」
 小妖怪たちが部屋から出て行ったのを確認すると、珱姫を自分の前に座らせる。
「俺は、鴆じゃねぇから応急くらいしか出来ない。取敢えず、打ち身に効く塗り薬を塗って様子を見よう」
「はい」
 珱姫は、帯を解き前を開く。心臓のある部分から少し離れた場所が青痣が出来ている。薬を掬い患部に薬を塗りこんでいく。
 薬が冷たかったからなのか、珱姫の身体がピクンッと揺れる。薬を塗り終え着崩れた着物を直し終わった珱姫に、藍はギュッと抱きついた。
「藍殿!?」
 目を白黒させる珱姫に、藍は大きな溜息を吐いた。
「生きてて良かった」
「藍殿……」
「珱姫をこんな目に合わせた奴を絶対許さない。浚われた時の状況を説明してくれるか?」
 珱姫から身体を離し、藍は真剣な眼差しで彼女を見る。珱姫は、コクリと頷き浚われた時の状況を話してくれた。
「――寺の前で死んでいた男が珱姫を浚ったということか?」
「ええ、胸を刺されたに痛みで動けなかったのが功をなしたのか彼と一緒にいた女性が彼を殺しました。名前は、玉藻って呼ばれてました。妖様の名前もその方から聞こえてきました」
「妖関係大だな。ぬらりひょんの名前が出たってことは、魑魅魍魎の主の座を狙っているのか。はたまた、奴の元遊び相手の可能性もあるな」
「否定できませんね。どちらにせよ、私完全なるとばっちりですよね」
 ニコニコと笑みを浮かべて怒気を放つ珱姫に、それはそうだと藍も頷く。
「ぬらりひょんが戻ってきたら問い詰める。珱姫は、この件が片付くまでは不便だと思うが外に出ないでくれ。後、狒々に護衛させるから鬱陶しいかもしれないが我慢してくれよ」
「ええ、藍殿がそう言うなら仕方ありません」
 狒々のあずかり知らぬところで勝手に護衛の仕事を決めた藍は、ぬらりひょんが戻ってきたら問い詰めてやるとどす黒い気を撒き散らしながら彼らの帰りを待つことにしたのだった。

*prevhome#next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -