小説 | ナノ

2-2 [ 23/218 ]


 珱姫と小鬼は、買い物籠を下げて市場へと来ていた。
 奴良組の大半が出入りに行っているので、家にいるのは戦力外の小妖怪たちである。
 彼らの数も相当なので、いつもより量が少ないとは言え作る量は半端ない。
「人参、大根、葱、胡瓜、水菜、青葉……えーっと、あと何でしたっけ?」
「鳥肉と醤油に砂糖じゃね? 藍様、調味料が切れかけてるって嘆いてたし」
「そうでしたか。じゃあ、それも買って……」
 買い物をして回り帰ろうとした頃には、結構な荷物になっていた。
「こういう時に彼らがいてくれると助かりますのに」
 ポツリとボヤク珱姫に小鬼はケタケタと笑って居たのだが、いきなり現れた男が珱姫の行く手を遮るように立ちはだかった。
「な、何です貴方は? そこを退いて下さい」
「あんたに恨みは無いが一緒に着てもらう」
 ドスッと鈍い音とともに、珱姫の身体が崩れ落ちる。腹に拳を入れられ、気絶させられたのだ。
 珱姫を肩に担ぐと、男はその場を足早に去っていった。散らばった荷物の間に身を隠していた小鬼は、これはヤバイことになったと慌てた。
「どうしよう……。藍様に知らせないと、でも珱姫がどこに連れて行かれるのか分からなくなっちまう」
 幸い男は、小鬼の存在に気付いていない。小鬼は、意を決し珱姫を連れ去ろうとしている男の後を付けたのだった。
 浮世絵町の外れにある廃寺に辿り着いた小鬼は、珱姫が床に寝かされるのを確認した後、ソッと音を立てることなく奴良邸へと走り出した。
 小鬼が一生懸命走っている間、珱姫を囲むように男が座っていた。
「これで、アイツは俺のものになってくれる」
 狂気を孕んだ男は、ガラリと襖を開けて入ってきた女性に気付き駆け寄った。
「ああ、玉藻! 珱姫を連れてきたよ。これで、俺のものになってくれるね?」
「そうねぇ……彼女の断末魔を聞かせてくれるなら考えてもいいわ」
 長く癖のあるウエーブの掛かった栗色の髪を弄びながら玉藻と呼ばれた美女は、赤く紅を塗った唇の口角をあげ残酷なことを言って退けた。
 流石に殺しを強請られるとは思わなかった男は、焦り始める。
「玉藻が、珱姫を誘拐すれば俺と一緒になってくれるって言ったから誘拐したんだぞ! ただでさえ、誘拐は死罪だって言うのに……」
「あら、そんなこと言ったかしら? でもねぇ、殺しちゃったところで罪が一つ増えるだけじゃない。同じ死罪には変わりないんだし。この女はね、私の大切なものを盗んだのよ? 死んで当然と思わない?」
 フフフッと妖艶に笑う玉藻の言葉に、
「……少し時間をくれ。殺すにしても獲物がない」
とブルブルと身体を震わせながら懇願した。
「一刻よ。それ以上待たないわ」
 その様子に、玉藻はチッと舌打ちを一つし荒々しくその場を去っていった。
 男は、珱姫の帯に脇差が刺さっていることに気付きスッとそれを引き抜く。
 彼女にすれば、護身用に携帯していたのが運のつきと言ったところか。
「これで、この女を刺せば玉藻は俺のものになるんだ」
 男は、ブルブルと震える手で鞘から剣を抜き珱姫に剣を突き立てた。
 甲高い悲鳴が廃屋に響き渡るのを聞いた玉藻は、うっすらと口角を上げる。
 断末魔が止んだ後、フラフラと生気を失った男が出てきた。
「心臓を一突きした。直に死ぬ」
 彼は、襖を大きく開き脇差が胸に突き刺さった珱姫を見せた。
「これで邪魔ものは居なくなったわ」
「なら、俺と一緒に……ぐはっ…ゲホゲホッ!? な、何をするんだ」
 鋭く伸びた爪が男の胸を抉り背中まで貫通していた。玉藻は、妖艶な笑みを浮かべ見下すように言った。
「猫の長である私が、お前のような薄汚い男に惚れるとでも思うたか?」
「たま、も…」
「呼ぶな汚らわしい。これで、あの方も私の元へ戻って来て下さる」
 男の身体から爪を抜き、大きく腕払い爪についた血を振り払う。
「ぬらりひょん様……」
 玉藻は、うっとりと目を細め闇に溶け込むように姿を消した。


 洗濯を終えた藍は、珱姫の帰りが遅いことに言い知れぬ不安が過ぎっていた。
「遅い。何か胸騒ぎがする…・…」
 嫌な予感ほど外れた試しはなく、何かあったのではと不安になる。
 ウロウロと玄関をうろついていると、振分け髪に小袖と袴を纏った長身の男が屋敷に駆け込んできた。
「お、藍じゃねーか! あいつらは、どうした? まさか、もう行ったのか!?」
「狒々か、ぬらりひょん達ならとっくに出発している。お前、完璧遅刻だぜ」
「のぉぉぉおお!! 待っててくれてもいーじゃねーかっ! 追いかけてくる」
 狒々は絶叫しぬらりひょん達を追いかけようとする。藍は、彼の髪をガシッと掴み引き戻した。
「痛ぇええ!!」
「まて、狒々。珱姫が帰ってこない。もしかすると、何かに巻き込まれた可能性が高い。俺は珱姫を探してくる。悪いが、留守番しててくれないか?」
「俺には出入りが……」
「出入りは、あいつらに任せとけ。お前は、ここで留守番だ」
「冗談じゃ…ねぇ……」
 何が悲しくて人間の女に命令されねばならないのかと憤った狒々だったが、藍の顔を見て口を噤む。
「じゃかーしい! 遅刻した分際で大きな口叩くんじゃねーぞ。それ以上、ガタガタ文句を言うなら祓うぞ」
 ドスのきいた低い声で脅しを掛ける姿は、ぬらりひょんを思わせる。狒々は、顔を青ざめながらガクガクと頭を縦に振ることしか出来なかった。
 後に、このときの千尋の様子が一番恐ろしかったと妖怪の間で語られることとなるのは別の話。

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