小説 | ナノ

act10 [ 11/218 ]


 二年という月日は、長いようで短い。十四才だった藍も十六歳となり、流石に二年もぬらりひょんに付き纏われることになるとは思いもよらなかった。
 夜警に行くたびに勾かされる。ぬらりひょん曰く、唯一気配が察知できるのが夜警の時なんだとか。その度に襲われて酷い時は朝帰りする羽目になる。
 この時代の人間に避妊なんて知識はなく、せめて外に出してくれれば良いものをぬらりひょんがそんな事をするわけもないので、初潮を迎えてからは排卵日を数えたりと地道な努力を重ねて避妊に努めてきた。
 流石に、これから他人のものになるのかと思うと今の関係は背道徳だ。身体を重ねると情が沸くというが、強ち間違ってないらしい。寂しいと思ってしまう自分がいるのだ。
 しかも女癖の悪さは相変わらずのようで、あれは死んでも治らないだろう。そのせいで珱姫を泣かせるのかと腸が煮えくり返るのだが、藍の存在が未来を変えてしまうのは避けたい。
 珱姫は、京一の美女へと成長した。恐らく、彼の耳にも届いている。興味本位で覗きに来るのは予測できる。いつ来るかが問題なのだ。
 先日、珱姫を生き胆を狙った妖が進入してきたおかげで警備は強化されている。珱姫に祢々切丸を預けて、花開院邸に篭るのが一番得策だろう。
 休暇申請したところで却下されるのは目に見えてるし、生理はまだ先だし、どうやって言い訳するか考えたが何も思い浮かばず結局のところ珱姫の警護に就いたままでいた。


 疲れ気味の珱姫のために、藍は台所でプリン作りに勤しんでいた。砂糖黍や甜菜が取るに適さない京では、甘味は高級品だった。
 砂糖に代わるもので手に入れやすいと言えば蜂蜜だ。養蜂をしているところから蜂蜜を買取るのに苦労はしなかった。こういう時、花開院秀元の名前は便利だ。
 雪麗がいたら、冷え冷えのプリンが味わえるのだが贅沢は言ってられない。冷えた井戸水を汲んで冷やすこと半刻。綺麗に固まったのを見て、藍は匙と一緒に盆に器を乗せ珱姫の部屋へと向かった。
 長い渡殿を歩き彼女の部屋の前で藍は固まった。ぬらりひょんが、珱姫を押し倒していたのだ。
「藍、これはだな……」
「死ね」
 ドゴッとぬらりひょんの顔面を足で蹴飛ばし珱姫の上から退かせる。
 持っていた盆を沸きに置き、恐怖で涙を堪える珱姫を抱き起こした。
「怖い思いをさせて悪かった」
 ギュッと縋りつく珱姫の頭を軽く撫で、怯えさせた元凶であるぬらりひょんに向かって祢々切丸を突きつけた。
「……あんたの節操の無さには敬服するぜ」
「だから誤解だ! 顔を見ようと思っただけだ」
「顔を見ようと思っただけで女を押し倒すのか、貴様はっ!!」
「扱けたんじゃ」
「信じられるか」
 祢々切丸を振り上げぬらりひょんに切り掛かるが、あっさりと交わされてしまう。
「そんな物騒なもので切られたらワシ死ぬな」
「殺すつもりだからな。死んで当然だろう。寧ろ死ね」
 殺気をビシバシ飛ばす藍に、ぬらりひょんは本気で殺されかねないと悟ったのか、ひらりと庭に飛び降りた。
「誤解じゃと言うとろぉに!」
「問答無用! 殺す!! 珱姫、是光殿のところへ行け。このスケコマシは、俺が処分する」
 脱兎の如く逃げるぬらりひょんを藍は着物が乱れるのも構わずに追いかける。
 何事かと配置されてる花開院の陰陽師共は無視だ。見鬼が強くなければ、ぬらりひょんを見ることは出来ない。是光でさえ妖気をうっすら感じるくらいである。
 塀の壁に追い詰めたと思ったら、一瞬の隙をつかれ囚わた。
「離せエロ妖怪!」
「おぬしに嫉妬されるのは悪くないが、そんな物騒なもので追いかけられるのはごめんじゃ」
 文句を言おうとしたら口を塞がれそれすら出来ない。くっそう……何でこんなにキスが上手いんだコイツは。
 なんだか阿呆らしくなり、力を抜いた藍にぬらりひょんはキスを止めた。
「なんじゃ抵抗せんのか? つまらんのぉ」
「阿呆らしくなっただけだ。それより、お前の妄想癖は末期だな。頭大丈夫か? 嫉妬ってのは、自分の愛する者の愛情が他の人に向けられるのを恨み憎むことを云うんだぜ。俺は、お前の恋人でも夫でもないし。仮に珱姫とどうこうなったとしても、俺が嫉妬することはない」
 そう断言した藍に、ぬらりひょんは傷付いたような顔をした。これでは、自分がなんだか悪い事を言ったみたいではないか。
「……確かに言われればそうじゃな」
 少々気落ちしたぬらりひょんに、話題を変えなければと珱姫の事を振ってみた。
「珱姫を見に来たんだろう? どうだった?」
「まあ、京一と謳われるほどの美女じゃな。……なんでそんな事を聞くんじゃ」
「珱姫、あんたの好みど真ん中だろう。初対面で押し倒すくらいだし、一目惚れしたか?」
 ぬらりひょんは、美人に目が無い。それは、藍に出会うまでの話だ。この二年、ずっと藍だけを追い求めてきたが肝心の本人はそれに気付いていない。
「浮気癖さえなければなぁ」
「……おぬし、ワシをどういう目で見とるんじゃ」
「天然スケコマシ。別名・タラシ妖怪。……ま、初恋なんだろう。協力くらいしてやるよ。ただし、珱姫泣かせたら殺す」
 これ以上ここにいたら、更なる痛恨の一言を食らう羽目になりそうなので、ぬらりひょんは早々に帰ろうと心に決めたが、世の中そんなに甘くはない。
 勘違いされた挙句、別の女とくっつけようとしている藍に、ぬらりひょんが受けた精神的ダメージは大きかった。

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