小説 | ナノ

act3 [ 4/218 ]


 ぬらりひょんと出会った後、藍は物忌みと称し暫くの間は花開院の本家に篭ることにした。
 妾発言にダメージを受けたというのもあるが、下手に動くとどこでぬらりひょんに遭遇するか分からないのが怖いのだ。
 働き詰めということもあり、暫く―と言っても一週間ほどだが―邸内で休養を兼ねた潔斎精進することが許された。
 許されたのだが、タダでと云うわけにはいかないのが世の理。
「……何で俺が飯の用意をしなきゃなんねーんだよ」
 狩衣の上から割烹着を着て、ダンッと豪快に大根をぶつ切りにしていく。
 ガッツリ食える男飯を所望される狐目男の顔を浮かべつつ、くたばれこのやろうとばかりに八つ当たりされる大根は哀れなり。
 野菜の下ごしらえを終えた藍は、血抜きした鶏を手際よく解体していく。
 野菜・鶏肉・出汁の順番で鍋に投入し、火を起しグツグツと煮込むこと半刻。
 灰汁を取りながら、頃合を見計り火を消した。
 大根を一つ取り出し、味見をする。可もなく不可もなくと言った感じか。
 膳に皿や椀を乗せ、手際よく料理を盛り付けていく。
 盛り付け終わる頃に、式紙のチビ共がクスクスと嫌な笑みを浮かべながらやってきた。
「やっと終った」
「終ったねぇ。待ちくたびれた」
「そうそう、くたびれた」
 いっそうのこと、主人もろともくたばってしまえと思わなくもない。
「あー、悪かったな。飯が冷める。早く持ってけ」
 膳を渡すと二体の式紙は、ケラケラと笑ながら主のいる秀元の部屋へと戻っていった。
 それを見送った藍は、ご飯にするか風呂にするか迷った後、先に風呂にするかと台所を後にした。


 風呂から上がった藍は、渡殿を歩き台所へと向かった。
 月が綺麗な夜だから、月見を楽しみながら食べるのも良いだろう。
 そう思っていたのに、台所で見たのは綺麗さっぱりと無くなっていた夕餉と満足そうな顔で腹を擦るぬらりひょんの姿があった。
 ぬらりくらりと掴みどころがなく、人の家に上がりこんでは飯を食らうセコイ妖怪だと分かっていたが、やられるとムカつくものがある。
 ゲシッと容赦なく蹴り出された足技は、奴の頭を直撃し前方へつんのめる。
「な、何じゃ!?」
 突然の攻撃に驚くぬらりひょんに、藍のどす黒い笑みが出迎えた。
「……陰陽師の家に上がりこんで飯を食うとは見上げた度胸だな」
「あの時の女!! 道理で良い蹴りすると思うたわ。最近会わんと思っとったが、こんなところにおったんかい」
 相変わらず人の話を聞かない男だ。陰陽師の家に妖怪が入り込むなどないと思っていただけに、祢々切丸を部屋に置いてきたのが間違いだった。
「会いたくなかったけどな! 人の飯返せこの野郎!!」
 血糖値が下がると気が荒くなるのは仕方が無い。ビシッとぬらりひょんを指差して文句を言ったら、奴はカラカラと至極楽しそうに笑い言った。
「既に腹の中じゃ。返せと言われて返せんぞ」
「じゃあ、飯の代わりになるもん寄こせ」
 ぬらりひょんが金を持ってるとは思わないが、何かふんだくってやらないと気がすまない。
「……良いぜ。いいもんやるよ」
 奴にとっていいものが、藍にとって最良のものだとは限らない。
 何をくれるのだろうと思っていたら、顎を掴まれ唇を塞がれた。
「んんぅ…ぁ、はっ……ャ、ッ…」
 ぬるりとした弾力のある舌が、口内を荒している。歯列をなぞり舌を吸い上げられただけで、藍の身体はビクビクッと揺らした。
 前世でここまで濃厚で腰砕けになるようなキスをした事がない。
 息が出来なくて、ドンドンと奴の胸を叩いていたが酸欠で回らなくなった頭では立ってるのがやっとで、結果奴の着物に縋りつく形になっていた。
「……どうじゃ? 気持ち良かったろう」
 足に力が入らずガクリと膝をついた藍に、ぬらりひょんはニヤリと笑みを浮かべ見下ろしている。
 奴が言っていることは事実で、腰砕けになった身体では睨みつけるぐらいしか出来ず歯噛みした。
「口吸いだけで腰砕けとはなぁ。初心じゃのぉ」
「……哀れな男だな。あんたの口吸いは上手いよ。でもな、惚れた相手にされた方が何倍も気持ち良いってこと知らないだろう。本気で女に惚れることができない臆病者」
 言い過ぎたとは思わない。何もしなくとも周りが放っては置かない。常に、誰かが傍にいる。
 女に不自由したことなど、ましてや自分から言い寄ったことなどないはずだ。
 だから、本気で誰かを愛したことなどないと藍は思った。
「黙って聞いてればベラベラと……。なんじゃ、お前は惚れた相手としたことでもあるのか?」
「(前世で)あるから言ってんだろう」
 そう言い切ったところで、ぬらりひょんの纏う空気がガラリと変わった。
「……誰じゃ?」
 物凄く低い声は、怒気が孕んでいる。妖怪を恐ろしいと思ったことはあるが、それはいずれも命を脅かされたからだ。
 今は、違う。ただ、怒る彼が怖くて藍は口をつぐんだ。

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