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act2 [ 3/218 ]


 珱姫の護衛を任されたとはいえ、古来より妖達の中心であった京には、野望に燃える若い妖達が覇権を目指し集結しつつあった。
 屋敷に張られた強固な結界を理由に、時折珱姫の傍を離れ妖退治に明け暮れる。
 是光が滞在している事を理由に、花開院邸へ戻ると言って公家屋敷を出たまでは良かった。
 九条の大通りを走っていると、生き胆を狙う京妖怪に藍の乗った牛車は案の定襲われた。
 ドンッと大きな音を立て牛車が横に倒れる。藍の体は、大きく跳ね丁立板に叩き付けられる。
「ぐっ……」
 袖格子から転げ落ちるように地面に投げ出された藍の身体を待ち構えていた妖怪達が、舌なめずりして言った。
「美味そうな臭いがすると思うたら、若い公家の姫だ」
 格好からして十二単を着てれば、間違えられても仕方が無いだろうが、断じて公家の姫ではない。
「高貴な身分だけでなく、霊力も高い。こやつの生き胆を食らえば、百人力……いや千人力の妖になろうぞ」
「……霊力が高いってのは認めるが、俺の生まれは町民だ。高貴な人間じゃねぇよ」
 祢々切丸を抜き構える藍に、妖怪はさも面白いと言わんばかりに声を上げた。
「そんな短剣で我を殺せるとでも言うのか?」
 一見何の変哲もない小刀が、妖の力を奪う退魔刀だと誰が思うだろうか。
 藍の唇が、薄く弧を描く。
「実際にお前自身で試してみれば良いだろう」
 妖怪に切り掛かろうとしたその時だった。背後から来る大きな妖気と共に、一瞬にして目の前の妖怪達が切り伏せられていく。
 その一番前に立つ男に、藍は「ゲッ」と呻いた。
 先の未来で魑魅魍魎の主になるであろう男、ぬらりひょんがそこに居たのだ。
「奴良組だぁぁぁあああ」
「奴良組が出たぞぉぉぉおお」
 悲鳴を上げ、ぬらりひょんの畏れに気圧されている妖怪に奴は、余興といわんばかりに言った。
「さぁて今日も行こうか。……妖狩りだ」
 ぬらりひょんの一言で、先陣を切ったのは牛鬼だ。武道派と畏れられるだけあり、強さは本物だ。
「貴様等の大将は誰か!? この牛鬼が相手になるぞ」
 声を張り上げる牛鬼を皮切りに、次々と奴良組の妖怪達が京妖怪に襲い掛かる。
 まるで一方的な殺戮現場を見ているかのようで、あまり気分は宜しくない。
 自分の出る幕はなさそうだと判断した藍は、早々に刀を終い逃亡することにした。
 こんなところで接触して未来が変わるのはごめんだ。
「引けーーーっ!! 引けぇぇえー」
 京妖怪の撤退と同時に藍も逃げようとしたら、襟を掴まれ逃亡を阻止された。
「助けてやったのに礼の一つも言えんのか?」
 首が絞まり苦しい。襟を掴んでいる手を叩き落とし、ぬらりひょんに向き直り睨みつける。
「別に助けて貰わなくとも、あの程度の小物なら自分で何とかした。それをお前らが、勝手に妖狩りをおっぱじめた。礼を言う必要性など何所にある?」
「……氷漬けにしてやろうかしら」
 毒が篭った藍の言葉は、案の定怒りを買ったようだ。真っ先に噛み付いてきたのは、雪女だった。
「おっかねぇな、あんたの下僕」
 妖怪とはいえ、女を手に掛ける趣味はない。まあ、命の危険があるなら別だが。
「公家の姫にしちゃー言葉遣いが悪すぎだ」
「町民出だが、公私の分別はある。妖怪しかいねぇのに、取り繕う必要なんてねぇだろう」
 ハッと鼻で笑い飛ばしたら、意表を突かれたのか彼は腹を抱えて笑い出した。
「妖怪を目の前にして怯える素振りを見せるどころか、随分と好戦的な女だな。顔は十人並みだが、まあ良いか……」
 ニヤッと悪どい事を考えていそうな笑みを浮かべるぬらりひょんに、藍は全身全霊で逃亡したくなった。嫌な予感がする。
「お前、ワシの妾になれ」
 ゾワッと全身の毛が総毛立ち、奴の鳩尾に蹴りを叩き込んだのは条件反射だ。決して奴良家一子相伝フライング妖怪ヤクザキックではない。
「気持ち悪いこと言うなボケがっ!! てめーのせいでチキン肌になったじゃねーかっ」
 鳥肌が立った腕を摩りながら怒鳴り散らすと、まさか蹴りを入れられるとは思わなかったのか腹を押さえ唖然とした顔で藍を見ている。
 拒絶されたことが一度もないのだろう。まあ、あの顔だ。顔だけは、誇れるくらい美形だしな。
 でも、中身がおっさんには通用しない。迫られるなら女の方が良いとすら藍は思っていたりする。
「ちょっと、あんた何てことすんのよっ!! 妾にして貰えるだけでも羨ましいってのに……」
 嫉妬でギリギリと歯噛みし藍を睨みつける雪女に、妾宣言を受けた当の本人は極寒の空を思わせるほど冷たい目で言った。
「バッカじゃねーの。お前さぁ、妾って心は要らないから体だけ寄こせって言われてるようなもんだぞ。一人の女も幸せに出来そうにもない男が、馬鹿みたいに妾を抱え込むんだよ。好いた相手が、あっちこっちにフラフラしてても許せるほど寛容になれる奴は尊敬するね! 絶対俺は無理だけどな」
 キッパリと言い切った藍に、雪女は思うところがあったのか口を閉ざした。
「……成り行きだろうが、助かったことには変わりないから礼は言っとく。ありがとうな。――但し、人を襲うような真似をしてみろ。その時は、祢々切丸の餌食にしてやる」
 藍は、着物についた泥を払い胸糞悪いとその場を立ち去った。
 思いもよらない出会いが、藍の運命を大きく左右することになる。

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