小説 | ナノ

act1 [ 2/218 ]


 人生の幕が下りるのは、唐突で呆気ないものである。
 死に際に、今までの事が走馬灯のように頭の中を駆け巡るというが、俺の頭の中にあったのは問題児作家の担当を誰が引き継ぐんだろうか。ただ、それだけだった。
 この世に生まれちまったものは仕方が無いし、いずれ平等に訪れる死に恐怖なんてものはない。
 人生が最高だったかと言えば、平凡で暮らしていたかったと思うほど波乱万丈で退屈だけはしなかったと思う。
 真正面から突っ込んできた車に跳ねられ、アスファルトに身体を叩き付けられた俺は、沢山の血が身体から流れ出るのを感じ死を覚悟した。
 辺りは騒然となり、救急車が到着する寸前で事切れそうになった俺は、最後の力を振り絞り問題児作家に電話を掛け残した遺言。
「げん…こ、う……おと…した…ら…こ…ろ…す」
 享年二十三歳、俺こと新妻春樹はこの世を去った。

 
 TVで死後の世界を講釈垂れる頭のイカレタおっさんが居たが、人間は死んだその瞬間から次の転生先が待っているなんて思いもよらないだろう。
 さらに前世の記憶を持ち合わせて生まれてくる奴は珍しい。そして、世界は一つではなく無限にあり、生れ落ちる先もまた異世界なのだという事だ。
 前世の自分が生きた場所と似て否なるこの場所が、俺がかつて担当していた漫画の世界だと誰が信じるだろうか。
 物心がついた頃には、言葉を話し読み書きも出来た。『見た目は子供、頭脳は大人』どこぞのアニメのキャッチフレーズを思い出して自己嫌悪したのは記憶に新しい。
 ご近所でも神童と謳われ、それを自慢する両親が嫌で堪らなかった。
 そしてもう一つ、強い見鬼の才を持つせいか闇の住人に目を付けられているという事。
 人と人ならざるものとを見分けることが出来なかった自分は、何度妖に襲われ死に掛けたか分からない。
 最低年一回は大きな事故に遭う自分を何か憑いているのではと心配した両親が、有名な陰陽師のところへ連れて行った。
 その時に出会った狐目の兄さんが、「ようこの年まで生きれたなぁ。このままやったら、成人する前に死ぬで」と笑いながら言いやがった。
 生まれて六つにして、藍は十三代目花開院秀元に(強制)弟子入りさせられる事となる。


 時代は戦国時代末期から江戸時代へと移り変わる節目に、巷では生き肝信仰を持つ妖達が人を襲い食い殺していた。
 物騒な世の中でも人間とはたくましいもので、秀元の理不尽なシゴキに耐えながら藍は日夜問わずに都を駆け回っていた。
 勿論、市場へお遣いではなく妖たちを払い行くのだ。秀元が動けば早い話なのに、何故自分?と思うが口に出してはいけない。出したら、百になって返ってくる。
「つーか、着物重い……」
 いつもなら、狩衣でOKなのに今日に限って着物。理由は、京都一と謳われた程の絶世の美少女・珱姫の護衛に任命されたからだ。
 あの狐目が、「藍ちゃん女の子なんやし可愛い格好とかしたいやろう」などと胡散臭い笑みと共に屋敷を追い出され、乗り心地最悪な牛車で珱姫の屋敷へと向かう。
 年頃の女なら喜ぶんだろうが、中身がいい年したおっさん(前世と合わせると三十七歳)だから無理がある。
 秀元のように類まれなる才能があるわけでも、是光のように努力を重ねた結果備わった技や経験があるわけでもない。
 藍は、類まれなる見鬼の才と妖を惹きつけ易い体質があるだけで戦う術は専ら体術である。
 占術はおろか、呪術の才は全くと言って良いほどなかった。
 あるのは、一本の護身刀のみ。それを振り回し、妖怪をバッサリ切り裁いている。
「くそ重い着物なんぞ着て護衛なんか出来るかっ」
 動き辛い上に重い。先人は、何でこんな不便極まりない格好をしていたんだろうかと遠い目をしていた。
 到着した頃には、慣れない牛車に酔い青白い顔で吐き気を催しそうになるのを根性で押し留める。
 屋敷の中へと通された藍は、珱姫に挨拶するため彼女の部屋を訪れた。
 女官が、しずしずと歩く姿に苛々しながら重い着物を引き摺りながらも心の底で秀元への罵詈雑言を吐きまくる。
「姫様、藍殿がお見えになられました」
「……そう。お通しなさい」
 凛とした声が部屋の中から響いてくる。御簾を上げ身体を潜らせ中へ入ると、噂通りの美少女がそこにいた。
 見たところ、精々十三、四といったところか。そういえば、裳着を済ませたばかりだったか。
「……お初にお目にかかります。花開院秀元が一番弟子、藍と申します。当主より以後、珱姫様の護衛にあたるよう馳せ参じました。何卒、粗忽者ゆえ無礼な振る舞いをすることがあるやもしれません。ご容赦願いたく存知まする」
「あまり固くならず我が家と思ってお寛ぎ下さい」
 恭しく頭を下げる藍に、珱姫はそんな彼女の緊張を解そうとするかのように手を取り柔らかな笑みを浮かべた。公家の姫では珍しい良い娘だ。
 金の亡者と化した親父殿を持つ娘とは思えないほど良くできた女子だ。
「年頃の女の子とお話したことがなくて、貴女が来るのを心待ちにしておりました」
「それは、光栄に存じます」
 引きつった笑みを浮かべ何とか発狂しそうな自分を抑えきる。
「先に言っておきます。私は、退魔や結界が得意ではありません。この護身刀・祢々切丸で貴女をお守り致します。剣の腕だけは、あのハゲ…じゃなかった。是光殿の退魔術にも引けは取りませんのでご安心下さい」
 うっかり心の声が出そうになり、言葉を修正したが遅かった。
 しっかりとハゲ発言を聞いていた珱姫は、肩を震わせ必死に笑みを堪えている。
 ひとしきり笑い終えた彼女は、藍の手を取り言った。
「無理に敬語を使わなくて良いのです。普段通りにお話して頂けませんか」
「分かった。あんたが、良いって言うなら敬語は使わん。地でいかせてもらう」
 蓮っ葉な言葉遣いに、流石の彼女もビックリしたのか大きな瞳をさらに大きく見開いている。
「俺は、元々商人の出だからな堅苦しいのも苦手なんだ。この着物も動き辛くて、いざと云う時には邪魔になりかねないから、狩衣に着替えて良いか?」
「それは、構いませんが……。藍殿は、女の子なんですよね?」
「……生物学上はな」
 不本意だが、この身体は女である。見目麗しければ、即刻どこかの男へ嫁がされたんだろうが、十人並みの顔で髪も極端に短ければ無理があるだろう。
 美しく長い髪ほど霊力が溜まり妖に狙われやすくなる。藍の場合、ただでさえ惹きつけ易い体質の上に、髪が長くなればさらに妖を惹きつけてしまうので、必然的に短い髪でいるしかないのだ。肩に掛かる程度の髪を一つに束ね髢(かもじ)をつけているので、パッと見は女に見えるだろう。
「疑うなら、一緒に風呂でも入るか?」
 ニヤッと人の悪い笑みを浮かべると、彼女は真っ赤な顔をして俯いてしまった。どうやらからかいが過ぎたようだ。
「まあ、よろしく頼むわ」
 イレギュラーな存在が、これから起こる未来を変えないか。それだけが心配だった。

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