小説 | ナノ

触れた手のひら.4 [ 42/145 ]


 ぬらりひょんに言われた通り、私は朝から宴料理の準備に追われていた。料理を作り終えたら、ここを出よう。
 彼のことだ。お姫様を迎えに行くだろう。誰かに見られても酒を買いに行く等と誤魔化せばいい。
 宴会料理は、いつも以上に手を掛けた。これで最後になると思った分、美味しいものを食べて欲しいと自分勝手な思いで作ったからだ。
「ふぅ……こんなものかしら」
 たすきを解き、一息つく。台所に入ってきた雪女が、料理の数に少し驚いた様子で私に問い掛ける。
「凄い豪華じゃない」
「ぬらりひょん様の客人が来られるんです」
「女じゃないわよね?」
 一瞬にして剣呑な目になった彼女の勘は本当に鋭い。
「分かりません。宴会を用意するように言われましたので」
「そう……女だったら呪ってやる」
 本当にしそうな雪女に、私は程々にと釘を刺し部屋を出た。宛がわれた部屋で少ない荷物を纏め風呂敷に詰める。
 誰にも見つからないように辺りを見渡した後、私は急ぎ足で部屋を後にした。
 あと少しで玄関というところで、牛鬼と鉢合わせしてしまい私は気まずい顔を浮かべる。
「どこか行くのか?」
「お、お酒を買いに」
 しどろもどろになりながら答えるが、彼がその言葉を鵜呑みにするわけもなく手にしていた風呂敷を見ている。
「買い物に荷物は持っていかぬ。どこへ行く」
 言い逃れが出来ないと悟った私は、ここを出て行くことを打ち明けた。
「……ここを出ます」
「何故だ?」
「ぬらりひょん様が、京一のお姫様を連れて来るとのこと。私が、お傍に居ては迷惑になります。いえ、私自身が辛いのです。ぬらりひょん様が、幸せならそれはとっても喜ばしいことです。でも、私はぬらりひょん様の愛した方を見続けるのは辛く苦しいのです。逃げ出す私をお許し下さい」
 ポロポロと零れる涙を袂で拭いながら出て行くことを請う私に、
「総大将が惚れているのは佐久穂だろう」
と何の根拠も無く言う牛鬼にフルフルと首を横に振る。
「いいえ、違います。私は、遊び女。本気で慕われたことなど一度も御座いません。言葉すらありませんから……」
 欲しいと願っても口に出せなかった。愛を呟かれたことなど無い私に、彼が本気だと言えるだろうか。
「総大将……ここを出て行ってどうする? 行く当てがあるのか?」
「……ありません。ですが、ここに居て後悔するなら出て朽ち果てた方が何倍もマシです」
「…フゥ、そこまで言うなら止めぬ。江戸に戻るにしても路銀がいるだろう。持って行け。後……」
 袖から矢立を、懐に入れていた懐紙を取出しサラサラと文字を書き始めた。それを丁寧に折ると、牛鬼はそれを私に渡して言った。
「これを持って捩眼山へ行くといい。私の部下が、お前の面倒を見てくれるだろう」
「でもっ……」
「早くしないと、総大将が戻ってくるぞ」
 彼の言葉に私は、身体をビクつかせる。迷った末に、私は礼を言い頭を深々と下げた後、吉原の屋敷を後にした。


 逃げるように奴良組を去った私は、牛鬼に言われた通り捩眼山で彼の下僕の世話になっていた。
 妖怪に襲われる度に、何度死を覚悟しただろう。行く先々で世話になった人や妖に感謝を述べながら生きながらえてきた。
 牛鬼の屋敷では、客人として扱われている私は申し訳なく思いつつも体調が優れないせいか臥せってばかりだ。
「おーい、具合はどうだ?」
 足で襖を開けて入ってくる少年に、私は微苦笑を浮かべる。
「牛頭丸君、昨日よりは良いです」
「の割には、顔色が悪い」
 スパッと一刀両断する牛頭丸に、私は誤魔化せないかと肩を落とす。牛鬼組の跡取りにさせることではないのだが、牛鬼が渡してくれた手紙にはそう認められていたらしいので拒否しようにも彼は頷いてくれない。
「少しでも良いから食え」
 ドンッと目の前に置かれた料理に吐き気が込上げる。
「うっ……」
 胃液が逆流し吐いてしまいそうになるのを何とか押し留める。そんな私の様子に、牛頭丸も顔を顰めていた。ここ数日まともな食事を取ってないせいで日に日に痩せているのは事実だ。
「ごめんなさい……」
「謝るなら食ってくれ。頼むから」
 臭いを嗅ぐだけでも気持ち悪いのだ。食べたくても食べれないジレンマに私はボロボロと涙を零した。
「一度、薬鴆堂の奴を呼んで診てもらうしかねぇか。拒否権は無いからな」
 ギッと睨みつけられて言明された私は、牛頭丸が呼んだ鴆の部下に診てもらう事となる。まさか、自分が彼の子を宿しているなど思いもよらなかった。

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