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人魚姫IF*もしも宮子姫が生きてたらA [ 33/34 ]


 床を拭き終えた彼女に座るよう勧め、私は布団の上に腰を落ち着けながら礼を言った。
「身体を治して貰ってありがとう」
 深々と頭を下げる私に対し、彼女は複雑な表情を浮かべたかと思うと目を逸らして呟いた。
「妖様に頼まれたから治しただけです」
 やっぱりと云うべきか、それとも案の定と嘆くべきか。ぬらりひょんの馬鹿は、珱姫の気持ちなどこれっぽっちも考えていなかったようだ。
「あんたの心がどうであれ、俺が助かったことには変わりない。だから、ありがとう」
 もう一度頭を下げれば、珱姫は唇をキュッと噛みしめて何かを堪えるように無言を貫いていた。
 何か話そうとするが、唇が戦慄き噤むのを数回繰り返している。私は、彼女が声を発するのを待った。
 言いたいことが山ほどあるのだろう。そして声に出せば泣いてしまうことも確信しているはずだ。
 泣きたくないと唇を噛む彼女の気持ちが痛いほどよく分かる。
「……貴女は、妖様の何なのですか? 妖様は、私と夫婦になろうと仰られました。なのに……なのに、どうしてっ…貴女を選んだの! 私の方が、あの方を想っているのにっ」
 声を震わし涙を零しながら胸の内に秘めた激情を露吐する珱姫に、私は瞠目した。
 珱姫のように将来を約束した間柄でもなく、ただ身体だけを繋げた空しい関係である。
「――言うなれば、情婦と言ったところだろうな。珱姫が考えているような関係ではないのは確かだ」
「いいえ、いいえ違います。妖様は、私を助けるために大阪城に来て下さったのに貴女を見た瞬間に貴女を助けようとなさるの!?」
「知り合いだからだろう。大阪城で仕出かしたあいつの態度は最低だと俺も思うが」
 ぬらりひょんの態度は最低だと断言する私に、珱姫は挑むような目でキッと私を睨み言った。
「妖様は、知人だから助けたと仰るのですね。そこに情愛は含まれてなかったと、そう判断しても良いのですね」
「ぬらりひょんの考えてることなんて知るか、ぬらりひょんに聞け。あくまで俺の考えはさっき言った通りだ」
 突き放すような態度に珱姫は身体を震わした後、退室の挨拶もなく無言で部屋を出て行った。
 ふぅと溜息一つ吐き、部屋の隅を睨みながら声を掛けた。
「畏れで姿隠してんじゃねーぞ、ボケナスがっ」
 ゆらりと現れたぬらりひょんを睨めつけ、本日何度目かの巨大な溜息が漏れた。
「何で居る?」
「雪麗が、お前が目覚めたと騒いでおったから様子を見に来た」
「だったら普通に訪問しろ」
「珱姫と話しておっただろうが」
 気を使ったのだと言わんばかりの態度にイラッと来た私は、奴の胸倉を掴み引き寄せた。
「ふざけた事抜かしてんじゃねーぞ。単に珱姫と顔を合わせたくなかったんだろうが」
 ぬらりひょんを突き飛ばし冷やかな笑みを浮かべて断言すれば、視線を彷徨わせた後に小さく頷いた。
「常々思っていたが、お前救いようのない馬鹿だろう。惚れた女を蔑ろにした挙句、誤解されるようなことを平然とやっておいてよく愛想つかされないな。何時かてめぇが誑かした女に刺されて死ぬがいい」
 毒舌で捲し立てると、ぬらりひょんは苦し気に顔を歪ませ私の名を呼んだ。
「佐久穂……」
「何だよ」
「ワシは、佐久穂を……」
「ぬらりひょん、それ以上戯言を吐くなら祓うぞ」
 ギラッと睨み付けると、彼は言葉を飲み込み口を噤んだ。
「佐久穂、また様子を見に来る。ゆっくり休め」
 ぬらりひょんは、小さく溜息を一つ吐きだし私の頬をひと撫でした後に姿を消した。
 気配が遠ざかったのを確認し、私は布団の上に寝転がったのだった。

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