小説 | ナノ

導師守役の失態A [ 7/10 ]


 数年前に王位についたマルクトの皇帝は賢君と謳われているが、それは誇大広告だったと云うべきだろう。
「貴方が、噂に聞く皇帝の懐刀だったとは……」
 侮蔑と嘲笑を含んだヴォルヴァの言葉に気付くことなく、気を良くしたジェイドがペラペラと聞きもしないことを喋っている。
「軍艦に押し込められる生活というのは飽きますね。偶にはフレッシュな野菜が食べたいです。そう思いませんか、アニス」
「レトルト食品だけでは栄養が偏ってしまいます。カーティス大佐、補給に立ち寄る村で食事をする時間を頂きたい」
「まあ、良いでしょう。補給に一日は掛かりますからね。元々エンゲーブに立ち寄るつもりでしたし問題はないでしょう」
と、何とも上から目線な物言いにいい加減慣れたヴォルヴァは完全無視に徹している。
 無視することを覚えた彼は、悉く良いようにジェイドをあしらっている。ジェイドが、都合良く勘違いしているため、私の待遇も改善されたのは好都合だ。
「導師、そろそろお部屋に戻りましょう。お身体に触ります」
「分かった。ジェイド、エンゲーブにはどれくらいで着きますか?」
「後、一日と言ったところでしょうか」
 ジェイドの答えに、ヴォルヴァは小さく頷き私を伴いコックピットを出た。


 宛がわれた部屋は、とてもではないが貴賓を泊めるような部屋ではなかった。
 固いベッドに腰を下ろしたヴォルヴァが、枕に八つ当たりしていた。枕のボロボロ具合を見ると、相当ストレスが溜まっているようだ。
「導師、どうぞ」
 手渡した紅茶を無言で飲み干した彼は、ふぅと溜息を一つ吐いた。
「アニス、ありがとう。落ち着きました」
「ダアトを出てひと月も経っていますから、そろそろこちらの居場所を突き止めているころではありませんか。シンク辺りが」
 ヴォルヴァと折り合いの悪い彼だが、ヴォルヴァの重要性は理解している分、血眼になって探していることだろう。
「あれなら三日程度で僕の居場所を突き止めてるはずですよ。大体、迎えに来ないのはマルクトの“自称和平の使者”が仕出かす失態の数々を取引材料にしてマルクトの国庫を食い物にしようという算段でしょう」
 嫌そうに吐き捨てるヴォルヴァに、私はあり得ると痛む頭を抱えた。ストレスでヴォルヴァの堪忍袋の緒が切れるのが早いか、迎えに来るのが早いか一体どちらだろうか。
「エンゲーブなら連絡用の鳩を飼っているはずです。ジェイドの目を盗んで鳩を飛ばしましょう」
 変なところで秘密主義な男だが、案外抜けているので出し抜くのは簡単だろう。
「数分お傍を離れますがお許し頂けますでしょうか?」
「構いませんよ。僕は、その間ジェイドの気を引いておきます」
と何とも頼もしい答えを返してくれた。


 てっきりエンゲーブに行くものだと思っていたら、ジェイドは予想外の行動を取った。
 義賊『漆黒の翼』と遭遇し彼は、あろうことか任務そっちのけで盗賊を追廻たのだ。
 お蔭で大幅な時間をロスし、キムラスカとマルクトを繋ぐ橋まで落とされてしまう失態を招いた。
「密命は、盗賊を追い回すことよりも軽いものだなんて思いませんでした。これが、カルチャーショックという奴ですね」
などと馬鹿にしきった顔で笑う彼に、ジェイドはずれてもいない眼鏡を押し上げて無言を貫いていた。
「早くエンゲーブでゆっくりしたいものです」
 ヴォルヴァの要望通り1時間足らずでエンゲーブに到着したのだった。

*prevhome#next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -