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24.事業を立ち上げました [ 25/39 ]


 近年勢力を伸ばしつつある煌帝国は、力が物を言う国だった。権力・武力で民を捩じ伏せ従わせる様に他国の人間と言えど目に余るものがあった。
 生きる気力を失いただ毎日を惰性で生きている感が否めない人々を見ていると、どうにかしたくなってしまう。
「何とか出来ないだろうか」
「無理ですよ。ここは、他国だ。好き勝手出来るわけないだろう」
 カシムの言うとおり、今の私は一旅人でしかない。何の権力もない無力な人間だ。
「そうだが、でも何かしたいよ。権力に屈指ず阿らず理不尽に頭を下げることを良しとしない。私が置いてきたバルバッドの民のように凛と顔を上げて生きて欲しいじゃないか」
 私の言葉に、カシムは盛大な溜息を吐いた。
「本当お人好し過ぎですよ」
「そうでもないと思うけど?」
 敵と定めた相手には容赦しないのが私の信条で、事実逆鱗に触れて首を物理的に切り離された者がいる。それは、カシムも知っているはずなのに優しいと称すのはどういう了見か。
「現王よりもあんたの影響が大きくて、実力主義国家になったくらいですからね。この国で同じことを行うのは無理でも意識改革くらいなら出来るでしょう」
「カシム……。そうだな。商売を通じて頑張ってみるよ!」
 カシムの言葉に甚く感動していたら、やっぱりハイレの義息子。考えていることが、えげつなかった。
「煌帝国の物流を把握出来れば、政治的に強みですからね。頑張って下さいね」
 考えなくもなかったが、敢えて口に出さなかったのに年々腹の中がドス黒く育ってきているカシムに私は涙がホロリと零れた。
 後に、バルバッド全商業部隊連合組合―通称:全商連―煌支部が誕生する切っ掛けとなる。


 私が目を付けたのは、郵便事業だった。バルバッドでは当たり前となりつつある事業だが、煌帝国ではそう言った事業がなく専ら個人で雇った者に遣いを出すのが主流らしい。
 だからか、身分が低い者や所得が少ない者は遠方に手紙や物を送ることも出来ず自らの足で渡しに行っている現状に煌帝国で一旗上げるならばこれが一番確実だろうと中りをつけたのだ。
「最初は何をしてるのかサッパリ理解できなかったんですけど、あんた最初からこれを狙ってましたね」
 米神を押さえながら最近小言が増えつつあるカシムの言葉に、私は漸く気付いたかとニヤッと笑みを浮かべた。
「この国の学力水準が高くて良かったよ」
 読み書きと暗算は出来て当たり前という彼らの概念は、国の中枢にいる人間が学力水準が上がれば国が豊かになることを知っているのだろう。
「まさか、老若男女問わずに有能と見たらナンパしまくる奴だとは思いませんでした。……いや、もしかしたら最初からそいう奴だったのかも。俺とマリアムを拉致るように連れ帰ったくらいだし」
 人のことを節操なしと言い放ったカシムは、何やら一人ブツブツと呟き考え事に没頭している。
「人を悪しく言わないでくれるかなぁ。有能な人材を育てて収穫してる暇がなかったの! 大体、有能な人材をその辺に転がしておく方が勿体無いだろう」
「そうですけど。良いんですか、転移魔法の情報を与えて。その技術が祖国に牙を向かないとも限らないんですよ」
 転移魔法を使ってバルバッドに大量の兵が押し寄せたらどうするんだと暗に進言するカシムに、私は手を軽く振りそれはないと断言した。
「無理だよ。この世界にあるトラン語ですら満足に解読出来ないのにあれが解読出来るとは到底思えない」
 色々反則ワザを使っているが、古代イスパニア語で書かれた譜陣を解読出来る者はいないだろう。
 変則的に組み込まれた文字と数列は、一刻置きに姿を変える。根底にある本陣は変わらないから何ら問題はないのだが、一見すると全く別のものに見えるため解読は不可能だ。
「転送するには、私が承諾した人以外操作できない上に送れる物も指定するように仕掛けてあるからね。そう易々と手を出す馬鹿はいないよ。何かあれば連絡が来るだろうし」
と、腰にぶら下げた手のひらサイズの水晶を見せたらカシムの顔が般若と化した。
「何もなくても連絡してくる奴もいるぞ。特にあの練兄弟!! あんたが、部下を取り戻す為に一人奴隷商人のところへ乗り込まなけりゃ見初められることもなかったんだ」
「私の可愛い家族に手を出した馬鹿共を葬るのは家長の仕事だろう。一緒に捕まってた白龍はマジ可愛かった。アリババと同じくらいだろう。思い出したら抱っこしたくなった」
 抱き枕がないから寂しいよと嘯くと頭をどつかれた、グーで。
「そういう問題じゃねーよ!」
「煌帝国の王族とつなぎが出来て、仕事が格段にしやすくなったのは確かだ」
「護衛を置いて特攻かますな阿呆」
「別に怪我しなかったんだし良いじゃん。あいつらにしても、男相手に惚れてるとは知らずにご愁傷様だとは思わなくもないけど。今のところ実害ないし良いんじゃないか?」
 バンバンと机を叩き怒りを露にするカシムに、私は始まったと眉を顰めた。
 何かの拍子に嫌なことを思い出すと説教モードへと切り替わるのは止めて欲しいのだが、そんなことを口に出そうものなら特大の雷が落ちる。
「ちょっと聞いてるんですか!」
「ハイハイ、聞いてる聞いてる」
 ガーッと怒鳴る姿がシンドバッドを怒鳴りつけるジャーファルにそっくりだと思っていたら、カシムの話を適当に相槌打って聞き流している姿こそシンドバッドに似ているとカシムが本国のアリババに愚痴っていたなんてこのとき知る由もなかった。

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