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4.拒否権はありません [ 5/39 ]


 世間話に花を咲かせていたら、仕事から戻ってきたアニスは私を見て酷く驚いていた。
「やあ、アニス。久しぶり」
「あ、あ……」
 吐息混じりに吐き出された言葉は、何の意味もなされず音となって霧散する。
「突然姿を消したから心配した」
「申し訳ありません、アブマド王子」
「おうじぃ!? こいつが?」
 その場で土下座するアニスを余所に、すっとんきょんな声を上げて驚くチビっ子二人に私は苦笑を浮かべる。
 名乗った時の反応からして「あれ?」と思ったのだが、カシムもアリババもアニスが王子と言わなければ気付かなかったようだ。
 私は、気を取り直し彼女の肩に触れ顔を上げるように命じた。
 そろそろと顔を上げるアニスは、侍女をしていた時よりもやつれたように見える。
 満足に食事も取れていないのか、髪も艶がなくなり肌も荒れていた。
「謝る必要はない。私は、君達を迎えに来たんだ」
 私の言葉が信じられないのか、大きな目をさらに大きく見開き驚愕している。
「アリババは、父上との子だろう」
「いいえ! いいえ、違います」
 搾り出すような悲痛な叫びに、私はハァと溜息を吐いた。問い質したところで素直に認めるとは思えないと予想したのは正しかったようだ。
「アリババの出産した時期を逆算したら、父上以外に考えられない」
「……」
「アリババは、庶子とは言え王族の血を引いている。国は、それを放っておくことは出来ない」
 政治的な事から私情まで色々と複雑に絡み合い、このままで良いとは言えない現状にアニスは唇を噛み締め俯いた。
「アニスさんをいじめるな!」
「かーさんはオレがまもる!」
 アニスを苛めたと勘違いしたのか、プリプリと怒る二人はまるで子猫が毛を逆立てて威嚇しているように見えて微笑ましい。
「止めなさい二人とも! 申し訳ありません王子。平に平にご容赦を」
 アニスは、真っ青な顔でグイグイと二人の頭を押さえ土下座している。
「彼らは、何も悪いことをしていない。アニス、謝る必要はないんだ」
「王子……」
「私の弟を今までよく一人で立派に育ててくれた。これからは、一人で頑張る必要はない。アニス、アリババと共に戻っておいで」
 断られたら別の方法を考えて連れ帰るけどね、とは口は出さないでおく。ニッコリと笑みを浮かべて手をさし伸ばすと、縋るように手を掴まれアニスは泣き崩れた。
 どうやら連れて帰っても良いらしい。
「さあ、帰ろう。私達の家へ」
 アリババを抱き上げようとしたら逃げられた。カシムの背中に回りしがみ付いている。しがみつかれたカシムは少し吃驚していた。
「いやだ! カシムとはなれたくない。カシムもそう思うだろう?」
 アリババは、縋るようにカシムを見つめた。カシムは、アリババを突き放して言った。
「スラムくずれのオレとお前じゃ生きてる世界がちがうんだ」
「そんなことない! オレは、お前といっしょだ。カシムはオレの家ぞくだ!」
 殴り合いの喧嘩に発展しそうになり、私は二人の間に入りワシャワシャと頭を撫でた。
「アリババの言う通りだ。今の世の中身分をどうこうするのは難しいが、志一つで上り詰めることが出来る。バルバッドの民は、皆私の家族だ。それにお前、私に弟子入りしたんだろう。妹共々みっちり鍛えて将来はアリババの補佐官だ。馬車馬のように扱使ってやるから安心するがいい」
「……素直に喜べねぇ」
 カシムの将来設計を語ってやると、物凄く複雑な顔で彼は言った。

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