03

「…外に出たい。」
 窓から覗く青空を見上げながら、空稀はそう呟いた。
「外、ですか。」
 唐突な発言に目を瞬かせている、この祓い屋の青年に捕まってからというもの、腕の拘束は解かれたが足に嵌められた枷が外されることは無く、一度も外に出ていないのだ。
 一度だけ鎖を付け替えられたが、しっかり尾を捕まれていたせいで逃げられなかった。ちなみに行動範囲は、鎖が替わったお陰でギリギリ部屋の中を自由に動き回れる程度。
 繋がれて居るのが窓辺だから、出ようと思えば出られるのだが、如何せん、足枷に施された術のせいで人間に化けられない。これで外になんぞ出よう日には、わかりやすく迫害されるのが目に見えている。
(…本当にコイツは人間じゃないと思う。)
 生活に不自由の無い、ギリギリの範囲で自分を監禁している青年――緑川を、男は恨めしげに睨みつけた。
「そんなに睨まないでください、空稀さん。」
 意に介した様子も無くそう言って笑う緑川に対して、小さく舌打ちを漏らしてから空稀はもう一度口を開く。
「良いから、外、出せよ。」
 不機嫌そうな声に、緑川は考える素振りを見せ、困ったように笑いながら、空稀の目を見詰めた。
「逃げないなら別に良いんですが、ね。」
 苦笑する青年に、男はつい視線を逸らしてしまう。それはそうだ、逃げるに決まっている。
 緑川は、しようがないですね、とでも言いたげに息を吐いて、考え込む。……そして、次に顔を上げた時には、とても楽しそうな笑顔を浮かべていた。
「良いことを思いつきました★」
 その笑顔を見て、空稀は顔を引き攣らせる。この笑顔で言う"イイコト"が、ここ数日だけとはいえ、一度として"空稀にとっても良いこと"だった試しが無い。
「ちょっと出掛けてきますねー♪」
 やっぱり良い、と言う間もなく、ひらひらと手を振って部屋から出て行ってしまった緑川に、早まった気がする、と空稀は頭を抱えた。

 楽しそうに弾む足音に、嫌な予感がますます膨らむ。開いた戸を軽く睨むように見上げれば、青年はニコニコと笑いながら空稀の元まで来た。
 イマイチ意図が読み取れずに首を傾げると、突然抱きしめられ、驚愕して固まってしまった。
「っ、な、…っは、はなせッ!」
 我に返ってもがき出した直後、喉元から、カチリ、と硬い音がして、緑川は案外あっさり身を退いた。
「出来ましたよ、」
 そう言って笑う緑川に、空稀はまた首を傾げる。
 そうして、さっきの音の正体を確かめようと首筋に手をやり――硬直した。
 手に伝わる硬い感触は首をぐるりと一周していて、何故か触れた指先にチリチリとした妙な感覚がのこる。
 明らかに首輪と言って差し支えない物だ。ぱっと顔を上げて緑川を見遣れば、相も変わらずやたらと楽しそうに笑っている。
 怒りや混乱で咄嗟に言葉が出て来ない。コイツはそんなに俺をおとしめたいのか、それとも反応を楽しんでいるだけか、はたまた他の何かか。しかしいくら考えても腹立たしい推測しか浮かばない。
「…どういうつもりだ、」
 やっとのことで搾り出した声は、自分で思ったよりも怒気を孕んで低くなった。

 ……曰く。
 空稀が外に出たいのはわかるし、あまり屋内ばかりに居るのは確かに良くない。けれど緑川も空稀を解放したくない――この理由はまたぼかされた――ということで、外には出ても良いが逃げないようにと、御丁寧にも術を付加した首輪を用意した、と。
 そこまで聞いて、空稀は心底腹立たしそうに舌を打った。
「こんなモン付けて出歩くくらいなら、外なんか出られなくて良い。」
 そう言って顔を背けてしまった彼に、緑川は困ったように笑いながら手元の紙袋をあさり、柔らかそうな布を取り出す。無意識に身体を強張らせて警戒する空稀にまた苦笑して、危険は無いと示すようにその布を広げて見せる。
「こっちはなんの変哲も無い、ただのストールですよ。首輪を隠すのに使ってください。」
 変化の無い穏やかな口調に、空稀の感情はむしろ逆なでされる。
「だから! 外になんか出なくて良いって言ってるだろ、これ外せっ!」
「あ、駄目ですっ。」
 吠えながら、無理矢理外してしまおうと首輪に手をかけると、少しだけ慌てたように手首を掴まれた。振りほどこうと睨みつけると緑川は、駄目ですよ、ともう一度言った。
「…なんでだよ、」
 睨みつけたまま問えば、術が施してあります、と返ってくる。それはさっき聞いた、と視線を鋭くすると、緑川はまたにこりと笑んで、説明しだした。
「えっとですね、その首輪に施した術はだいたい二つです。」
「だいたい?」
「いくつか組み合わせて一つにしていたり、するので。」
「…それで?」
 促せば、またゆるりと語りだす。崩れない笑顔が、やはり腹立たしい。
「一つは、その右足の枷と同じものです。…とは言っても、人化の術くらいは使えるようになっていますから、外出はできますよ。」
「…二つ目は?」
 じれったくなってそう問えば、ここからが本題だと言わんばかりに青年の笑みが深くなった。
「はい、二つ目ですが…こちらは、逃げないようにするためのものですね。例えば、出ていったきり僕の元にいつまでも帰って来ないだとか、首輪を無理矢理外そうとしたりだとか…あとは、僕に対する反抗が度を過ぎても、発動してしまうかもしれません。」
 ……明らかに勿体振っている。発動条件は確かにありがたいが、空稀が聞きたいもう一つの肝心なところを口に出していない。
 若干イライラしつつ、空稀はもう一度、それで? と促した。すると、
「それで、とは?」
と良い笑顔で返され、一瞬思考がフリーズする。そして再認識した。
 ……こいつ、やっぱり俺で遊んで居やがる。
「…もしその発動条件を満たしたら、どうなるってんだよ、」
 要するに発動させたくないからさっき止めたんだろう、と睨みつけながら言えば、聞かないほうが良いと思いますけど、と首を傾げられた。
「…良いから答えろ、馬鹿。」
「馬鹿って…僕あたまは良いんですよ?」
「頭は良くても性格と趣味が悪い。」
 吐き捨てるようにそう言えば、一瞬だけ緑川の笑顔が凍ったが、彼を拒むように顔を逸らした空稀は、それに気付きはしなかった。
 仕方ない、とでも言うように息を吐いて、緑川は口を開く。
「まあ、単純明快ですよ。有り体に言ってしまえば、"首が飛びます"。」
 ぴっ、と、立てた指を首の前で横にスライドしてみせた青年に、空稀は硬直した。
「…っ、な…っ、」
 絶句する空稀とは裏腹に、緑川はやはり楽しそうな笑顔を崩しはしない。
 やっぱりコイツは人間の皮を被った悪魔だ。空稀はそう考えて、諦めを色濃く含んだため息を腹立たしげに吐き出した。



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