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さて、と家の前の花壇の縁に座りながら空稀は考えを巡らせる。 季節はまだ春、ストールを巻いていてもさほど違和感は無い。…だからといって、こんな首輪が人目に晒される可能性は少しでも減らしたく、彼は結局、青年の家にすぐ入れる位置へと落ち着いたのだが。 慣れた苦みを肺に満たしながら、考える――端的に言ってしまうなら、逃走手段の模索だった。
首輪を外せば、こちらのものだ。しかし、首輪を外す手立てが今の自分には無い。では首輪を外さずに逃げるか。否、外さなければどうせ見つかる。さらに最悪の場合は死ぬ。 死ぬことが怖いわけではない。ただ、アイツに殺されてやるのが癪なだけだ。半ば自分に言い聞かせるようにして、空稀は空を仰いで紫煙を吐き出した。 やけに青い空が、白い雲を流していく。ひどく長閑な雰囲気だ。街中というわけでもない、不便でない程度に騒がしい範囲から外れているこの家は、なるほど確かに、俺のようなモノを飼っても見つかりにくいだろう。 「――おじさん、」 霧散していく紫煙をぼんやりと眺めていた空稀の耳に、か細く可愛らしい声が届く。上に向いていた顔を戻して声のした方を見やると、そこには小さな少女が立っていた。 春風にそっと裾をなびかせるワンピースに、萌黄色のカーディガンを羽織ったその少女は、大きな丸い目をぱちくりさせながら首を傾げた。 「おじさん、このおうちのひと?」 自分に言っているのか。数瞬遅れてやっと気がついた空稀は、違うと言えば怪しまれるかと、仕方なしにこたえる。 「ああ。…何か用か?」 「ここに、えっと…はらいやさんのおにいさん、すんでる…ますか?」 不慣れでも敬語をきちんと使おうとする少女には、素直に好感が持てた。いくら悪魔とは言え、空稀は生来人殺しに快楽を覚えるタイプでもなかったし、自ら問題を招いて楽しむようなタイプでもない。 「住んでる。でも今は留守だ。用があるならまた来るか、直接でなくて良いなら伝えておくが。」 不必要に怖がらせないよう意識して穏やかな声で話しながら、空稀はさりげなく周囲に視線を滑らせる。 こんな町外れに、少女がひとりきりで来たとは考えにくかった。だが、予想に反して辺りには誰の気配もない。何かの罠だろうか、それとも。そこまで考えたが、答えは少女の口からたやすく明かされた。 「ううん…あのね、おかあさんたちには、だまってきちゃったから、きっと怒られちゃうし…そしたら、また来れるかわからないし、伝えてほしい、…です。」 本当は自分で言いたかったけどと言って、少女は笑う。 「……敬語じゃなくて良いぞ。」 そう前置き、花壇には腰を降ろしたままで煙草を踏み消した空稀は、とりあえず、と口を開く。 「ま、用件はちゃんと伝える。教えてくれ。」 「あ、うん。ありがとう、おじさん!」
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