新しい「審神者」


「なあなあ、たぬき」
 ほとんどの刀剣が寝静まった夜中。大広間の重苦しい空気に耐え兼ねて抜け出した俺を追ってきたのか、御手杵が、珍しく静かな、それでいて高揚した声でそっと話しかけてきた。
「たぬき言うな。…ンだよ」
 目を眇めながら返す。長身の戦友は眉を下げて、「新しい審神者はさ、出陣する気、あるかなあ」といった。
 言われて気付いた。そういえば、そうだ。審神者ということは、あのゲートが開けるのだ。他の刀剣はどうせ出陣なんかしたくないんだろうが、おれたちは別だった。お互いの血の匂いにはもう飽き飽きで、こんな閉じた空間で朽ちるのを待つことなど、これっぽっちも望んじゃいないのだ。
「……聞きにいってみるか」
 そう提案してやると、御手杵はぱっと顔をかがやかせた。どうせこいつのことだから、蜻蛉切や日本号に怒られるかもしれない、などとどうでも良いことを考えていたんだろう。俺にも責任の一端があるということにしてやっても、構わなかった。もう一度、刀として戦に出られるのなら、細かいことはどうでもよかったのだ、お互いに。


「何の用だ」
 離れを尋ねたおれたちを見て、新しい審神者の男は、全く感情の読めない無表情でそう言った。
 最初――大広間に説得に来た当初のことだ――はもっと、今までに来た他の審神者と同じように人間らしく、同情的な表情を浮かべていた気がするが。他のやつらが連れ立っていた女に刃を向けた瞬間から、すっかりとこちらを見る目が、無機物に対するそれになったのを、少し離れてみていたおれは知っていた。まあ、おれたちにとってはどうでもいいことだけれど。
「出陣させて欲しいんだ」
 御手杵が口火を切った。
「他のやつらはわかんねえけど、おれと、こっちのたぬきは出陣したいんだよ」
「たぬき言うな」
 肘で横にあるわき腹をどつきながら、おれも改めて男に目を向ける。
「…こいつの言うとおりだ。こんなところでこのまま朽ちるのなんて御免でな。あんたなら、あのゲートを開けるんだろ。」
 男は、相変わらず無感情におれたちを見下ろしていた。ただそれが、本当に何も思っていないわけではないことくらいは、わかった。そして、
「…………少し待ってろ」
男はそう言うと、踵を返して離れの中に戻っていった。御手杵と顔を見合わせてから、言われたとおり待つ。数分もせずに戻ってきた男は、手になにやら札を持っていた。
「……刀を貸せ」
「えっ、やだ」
 手を差し出した男に、御手杵がほとんど条件反射で返す。そりゃそうだ、おれたちは戦場で折れたいのだから、男に渡して折られたりしたらたまったものではない。
 だが男はため息を吐いて、「貸せ、と言ったんだ。」と言う。差し出された手はそのままで、御手杵は珍しく不安げにおれを見た。
「貸すにしたって、何するか聞く権利はあるんじゃねえの?」
 こいつは戦以外じゃ本当に頼りねえな、と思いつつ男にそう言ってやると、あからさまに面倒そうにもう一度ため息を吐いてから、口を開いた。
「…お前たちを折らずにいるのは、お前たちがまだ一応「人様のモノ」だからだ。出陣をするなら「こちら側の所有物」になってもらうし、おれも当然そう扱う。…貴重な戦力を折りたいとは思わないが、仲間内で刃を向けることだけは法度とする。それをするなら容赦はしない。……それだけ守るなら、出陣もさせてやるし、存分に戦えるよう手を尽くす。…その誓いだ、これを貼るから本体を貸せ。それが出来ないならこの話はナシだ。」
これ、といいながら手に持った札をひらりと翻した。要するに、裏切らないようまじないをかけた札、ということか。
「つまり、それを貼ったら出陣できるってことか?」
 御手杵が確認すると、男は頷いたが、少し困惑したのがわかった。たしかに内容を端折りすぎだとは思うが、裏切らなければ関係ない制約の元で出陣が出来るのだ、おれたちにはそれで十分だった。
「おれはかまわねえよ」
 そう言いながら、本体を離れの結界の中に投げ入れた。男はそれを受け取って、刀を少し抜き、刀身に札を貼る。溶ける様に見えなくなったのには驚いたが、スッと、体の中にあった重苦しい空気が失せたような気がした。
 たぬき、と随分心配そうな声で御手杵が言った。大丈夫だ、と手を翻してやると、そっか、じゃあ、と自分の穂先を結界内に入れる。男は同じように刀身に札を貼って、改めておれたちを見た。
 その顔を見て、今度はこちらが困惑する番だった。
「同田貫正国と、御手杵だったな。…歓迎する。その札があればこっちにも入れるから……どうした?」
 憑き物が落ちたかのように柔らかな表情だった。それこそ、蜻蛉切あたりが仲間に向ける表情とよく似ている。驚いて固まったおれたちを、いぶかしむ様に眉を寄せ、首をかしげて伺ってくるそのさまは、酷く「普通」で、ありふれていた。

 ……なるほど、この男はやっぱりどこか、おかしいのだろう。

 謎の納得を覚えながら、おれと御手杵は声を揃えて「「なんでもない」」と返し。促されるまま、結界へと足を踏み入れた。

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