其処に横臥する現実を、

 ――目の前が暗くなるとはこのことか。頭の隅で冷静な自分が呟くのを聞きながら、酷い眩暈をやり過ごすために浅く息を繰り返す。
 書類の束の内容は、何度目を滑らせても変わらない。5年前、侵入した賊に殺されたとされるとある貴族のサインが入ったものを含む、名簿やパーソナルデータ、品の無い筆跡で綴られた用途や顛末……一言で言うならば「胸糞が悪い」、――そして、当時の私ならば「でっちあげだ」と一笑に付しただろうその内容。

 私は、今まで――どれだけのものを、見落としてきたのだろうか。

 両親の期待に応えようとして、賢くあろうと。妹が生まれてからは、彼女を守るために、強くあろうと。そう志して努力していた。けれど、子供のそれなど幻想であったと、妹が誘拐されたあの日、思い知ったのだ。あの期間、妹の無事をただ祈り、憔悴していく両親を見ていることしか出来ないでいた自分の、惨めさと言ったらなかった。
 妹は五体満足で手元に返って来てくれたが、暗闇と大人に怯えるようになっていた。自分がまだ子供で良かったと思いながら妹に寄り添うその内心で、ただひたすらに犯人を呪った。

 そうしてそんな時、「亜人と居る所を発見され、その亜人は抵抗を見せたため殺処分したそうだ」。そう私に伝え、「矢張り劣等種は管理しなくてはならない。……管理などいっそ、生温い」と、私に同意を求めた父は――あのとき、何を思っていたのだろうか。
 妹が「ほんとうに、あじんさんがわたしをさらったの」と聞いた時、「父様がうそをつくはずはないだろう」と返した私に、「…そうね」と言ってそれきり黙った妹は、何を、感じていたのだろうか。

 「洗脳教育」と。誰かが言っていたのは、いつだっただろう。「負け犬の遠吠えだ」と、父が一蹴したのを聞いて、全くその通りだと安心した自分が、いたのは。……そして、それなのに、その言葉がずっと引っ掛かっていた自分は、いままで何処に居たのだろうか。

 成長につれて大人には怯えなくなったけれど、妹の部屋から、一切の明かりがなくなることは、あれ以来無かった。それを知っているからこそ、私が揺らいではならないと、思い続けてきた、筈だった。
 けれど目の前の現実は、あまりにも無慈悲にそんな私の足元を掬って、僕の喉にその切っ先を宛がった。

 ――選ばなくては、ならない。

 心臓が耳元で悲鳴を上げて、指先はいやに冷えている。きっと今しゃべったら、酷く情けない声が出るんだろう。
 ああ、――嗚呼。僕の愛しの妹は、安否の知れない部下だった男は。愚かな兄を、無能な上司を……赦して、くれるだろうか。



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いろいろ捏造しつつ書きたかったので書いた(欲望まま)
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