きょうだい

「ナギサが酔い潰れてるから、迎えに来ておやり」
 俺は任務完了の連絡を入れたはずであって、別に飲んでいること自体に文句をつける気などは更々無いが、それは別として殺意が湧くのも仕方ないだろう。
 実際この後特に用事が無いことも、告げられた場所が帰り道に近いことも、事実ではあったが。はあ、とため息を隠しもせずに吐き出しながら、それでも結局、ソラキは言われた店へと足を向けた。

 ドアを開けた瞬間の酒の臭いに眉をしかめる。自分も酔っているなら気にならないが、素面の上に疲れている身には随分ときつい。
「あ。…お疲れ様です。」
「…リクドウか。お疲れさん」
 入ってすぐに見知った顔にはち合わせる。おそらく飲んでいる部屋までの案内にと寄越されたのだろう寡黙な青年は、すぐに「こっちです」と言って背を向けた。

 部屋に入ると、いかにも「飲み会」といった雰囲気の光景が広がっていた。酔っ払いたちが酒を勧めてくるのを適当にあしらいながら視線を滑らせると、片隅に猫のように丸まっている目的の人物を発見する。もう一度ため息をついて、ソラキはそれに歩み寄った。
「ユラ。…おい、ユラ。起きろ。帰るぞ」
「んん…、…?」
 ゆるく開かれた猫目はすっかりと蕩けている。年の割に幼い動作で目を擦るナギサは、随分と調子に乗って飲んだのだろう。明日は二日酔いだろうな、と他人事ながら少しだけ心配になった。
 そんなソラキなどお構い無しに、ナギサはふにゃりと笑って口を開く。
「そら兄ぃ、だ、」
 ふわふわと浮わついた甘やかな声で、幼い頃の呼び名を呼んだナギサは、目の前でぎしりと固まった男の内心を知るよしもない。
「…寝惚けてないで、帰るぞ。ユラ」
 少しだけ早口になった声が、何を隠そうとしているかなんて、想像だにしていない。だから、みるみる拗ねたような顔をして、「なんで苗字なんかで呼ぶんだよ」等とのたまえるのだ。
 もう一度だけ深く深く溜め息を吐いたソラキは、低く「帰るぞ、ナギサ」と言って、ナギサが満足そうに頷くのも待たず、担ぎ上げてすたすたと部屋を出てしまった。その耳が、素面のわりには随分と赤いことに、幼い猫は気付かない。

 残された者の中では、狐が酒をあおりながら「難儀だねぇ」と笑っていた。
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