無題(麗ラス/ルドオン

「ラスカーさん、」
 もしも声に温度があったら、火傷させられそうな囁きだ。ついでに言うなら、突き刺さる視線も、触れる手も、キスをする唇も、頬を掠めていく吐息も、なにもかもが熱を孕んでいた。
 若いな。まとまらない思考の隙間で思うが、それもすぐに形を保てず霧散していく。
 口を開けば、「ラスカーさん」。「綺麗」。「かわいい」。それしか言葉を知らないのかと言いたくなるほど、麗は飽きもせず譫言のようにそればかり口にする。……まあ、事実、状況を考えれば熱に浮かされているのと大差ないのだが。――それはもちろん、俺も含めて。
 息を詰めて熱をやり過ごそうとするのを、許さないとばかりに次々と快楽を注ぎ込まれる。堪えきれず小さく漏れた声に、ゆるりとうれしそうに細められた鳶色の眼。いつもなら、誉められた飼い犬のようだなと思うだけだ。しかし今日に限っては、その眼は明らかに、獰猛な肉食獣のそれだった。
 「もうやめろ」と言おうとした口がまた塞がれる。確信犯かと言ってやりたいほど、さっきから何度も、都合の悪いことは聞きたくないとばかりに執拗に邪魔される。こっちはお前ほど若くないんだ、勘弁してほしい。そもそも今何回目だ。文句のひとつでも言ってやろうかと口を開くが、余裕の無さそうな顔でまた唇を塞がれた。……これだから、お前は狡い。狡猾では決してないのに、狡いのだ。たちが悪い。
 何回目かで、ぽつりと「あ、…ごめん、ラスカーさん、」と心底申し訳なさそうに呟くものだから、何事かと首をかしげてやる。どうせ呂律の回らない口を開くのも億劫で、既にほとんど動かない身体を少しでも休めるのが先決だった。
 「ゴムきれた」と言いながら、どうしようか迷うように視線が泳いでいる。まだ足りないのか、と察して少しぞっとした。抱き殺す気か。殺意などありはしないこともわかりきっているが、それでもだ。
「…生でいい?」
 結論が出たらしい。溜め息を吐いて断ってやっても良かった。今ならやめろと言えばやめるだろう。もとよりそういう男だった。けれど、どう見てもまだ収まりがついていないそんな目で、「ね、ラスカーさん」「おねがい」「ちゃんと処理するから」等と囁きながらねだるように触れるだけのキスを繰り返されて、突き放せるほど、恋人がかわいくないわけではなかった。
 喋れないから一旦やめて貰いたくて、ぐ、と肩を押すと呆気ないほど素直に身を引く。ろくに力が入っていない抵抗など、無視しようとすれば出来るだろうにそれをしないで、やっぱりだめ?と言わんばかりに正直にしょんぼりとした顔をするのだ。そして、「好きに、しろ」と言った途端に、一転して心底嬉しそうに笑ってまたキスが降ってくる。
 素直で、言い方を変えれば愚直な男は、とてもわかりやすい。ころころと変わる表情も、触れてくる手も、ただ真っ直ぐに自分を求めているのがわかるから、むず痒くて、面映ゆい。それでも結局、悪くないと思っているのだから、すっかりとほだされていることに変わりはないのだった。
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