通じ会うのは、


 屋上へのドアをそっと押し開ける。小さく軋んだ音がして、すり抜けるような風が髪をなぶった。
 なるべく音を立てないように後ろ手にドアを閉めながら、屋上を見渡す。目的の人影は目に留まる場所には無いが、クロアには理由の無い確信があった。
 出会ったときからそうだったのだ。なんとなくの勘や、ふとした予感――虫の知らせとでも言うべきものだろうか。こと彼に関するそういった類いのものは、いまのところ的中記録を更新し続けている。確かめていない場合もあるけれど、きっと当たっているはずだ。
 そうして、今日もまたクロアは、その賭けにも似た人探しを決行しているのだった。
 果たして、記録は更新された。

 入ってきた扉のすぐ横にある、梯子を登った先に彼、桔梗は居た。その姿を認めた瞬間に目があって、クロアはまず、桔梗が身を起こしていることに驚いた。
「えっ、起きてる」
 口をついて呟いてしまうくらいには驚いた。耳敏くそれを聞き取ったらしい桔梗は、心外な、と言わんばかりの表情で「起きてちゃ悪いか」と唸る。
「悪くはないけど…」
 純粋に珍しいのだ。サボっているときの桔梗は大抵、眠っていなくとも横になっているのだから。
 隣に腰を下ろしながらそう言うと、彼は事も無げに答えた。
「喉乾いて起きたんだよ」
 そして、手を差し出してくる。
 え、と目を瞬かせるクロアに、むしろその反応が解せぬとでも言うように首を傾げながら、桔梗は続ける。
「お前が来る気がしたから買いにいかないで待ってたんだ。なんか持ってるだろ」
 平然と何をいっているんだキミは。
 顔がひきつりそうになるのを必死にこらえて、クロアは心のなかで叫んだ。
 そんな、来る気がしたから待っていたとか、当然のように僕がなにかもっていると思っているとか、そんなの。
 ――そんなのまるで、僕のあの予感みたいじゃないか。
 そう考えて、クロアはそういえば今までにも似たようなことがあったことを思い出す。

 たとえば一限目が移動教室だと言うのに電車が遅れたとき、なぜかいつも遅刻するか良くてぎりぎりな桔梗からメールが来て、その内容が「早くついたからお前の教科書やらも持ってっとく」という信じがたいものであったり。
 たとえばたまたま朝に時間がなく弁当を用意できなくて、昼食を購買に買いにいこうとしたとき、教室を出た瞬間に二人ぶんのパンが入った袋をぶらさげた桔梗に出くわしたり。
 その時は、野生の勘ってすごいね、等と自分のことを棚にあげて純粋に感謝していたのだが、まさか、そんな。
 自分ですら未だ理性では半信半疑で居るこの予感を、桔梗も持っているのだろうか。しかも、それを疑いもせずに動いているとでも、いうのだろうか。

「おい、クロア?」
 怪訝そうな声に我にかえる。
「なにもないならそう言えよ。黙り込まれてもわかんねぇ」
 見当違いな方向に解釈して、飲み物を買いにいくつもりだろう、立ち上がろうとする桔梗の腕を、クロアは慌ててひっ掴んだ。
 そう、見当違いだ。クロアは確かに、飲み物に分類されるものを持っていたし、それはもとより桔梗に渡すつもりだった。ただ、今まで考えもしなかった――否、考えはしたが、有り得ないと自ら一笑に伏したその可能性が、存在することに困惑してしまっただけで。
 腕を引かれて体勢を崩し、不自然に膝を付いた桔梗の眼前に、なかば突き付けるようにしてクロアはそれを差し出す。
「…これで、よければ。僕、飲めないからあげるよ」
「…可愛らしいもんが出てきたな…」
 桔梗が言うように、パステルカラーの可愛らしいパッケージ。いちごオレだ。女の子がくれたのだけれど、生憎顔に似合わず僕は甘いものが苦手なたちだった。その点、桔梗は好き嫌いが無い。口にあわない貢ぎ物は、彼に横流しすることでゴミ箱行きを免れるのだ。
 クロアがそんな飲めないものを持っている経緯など気にしないのだろう、彼はとくになにも聞かずに座り直して、「さんきゅー」とだけ言ってあっさりそれを受け取り、さっさとストローを突き刺している。
 喉が乾いていたというのは事実らしく、数秒でパックを潰してしまった彼は、それを器用に折り畳んでちいさく纏めてしまった。
 こういうところがかわいいよなぁ、とクロアはちいさくわらう。視線で人を殺せそうな人相をしているくせに、その実桔梗はわりと「良い子」だ。いただきますはきちんというし、さっきもそうだが、些細なことだってお礼を言う。自分に非があれば素直に謝るし、ポイ捨てだとかそういうことは絶対にしない。喧嘩はするけれど、桔梗から売った喧嘩なんてほとんど無いこともクロアは知っていた。
 ちいさくなったゴミを手で弄びながら、桔梗は寝転がる。乾きが癒された以上、起きている理由も無いのだろう。風は爽やかで、空は高い。絶好の昼寝日和だ。そう時間も立たないうちにうとうとし始めた桔梗を見ながら、クロアはぽつりと聞いてみた。
「なんで僕が飲み物を持ってるってわかったの?」
 好奇心だった。もし自分と同じような、そんな感覚を持っていたら嬉しいのにという下心ももちろんあった。そして、眠りの世界に片足を突っ込んでいる桔梗が、それでも律儀に答えてくれるのを知っている。
「なんとなく。お前、結構勘いいし。おれも、お前のことなら、なんとなくわかる。」
 思った以上の答えに、クロアは少しの間固まった。「そっか、」と絞り出した声が震えなかったのは、奇跡といって良いかもしれない。
 クロアは、自分の予感について桔梗に話したことはなかった。気味悪がられてもいやだし、と。桔梗のことだから、言わなければ「偶然か」なんて思ってくれるだろうとたかをくくっていたのだ。
 けれど彼は中途半端に気付いていたらしい。なのにそれを、「勘が良い」の一言で済ませたあげく、自分にもそれがあることを仄めかしては、それすら「なんとなく」で片付けるのだ。
 大雑把というか、豪快というか、細かいことは気にしないよなあと改めて思いながら、クロアはじっと桔梗をみつめる。
「お前のことならって、ほかの人はわかんないの?」
 もうすこし聞いても良いだろう。べつに悪い話をしてるんじゃないし。
 誰に対するものかもわからない言い訳を頭のなかで呟きながら問いかけたその質問。それに対する答えに、クロアは今度こそ口をつぐんだ。そうでもしないと、本当に叫びだしそうだったのだ。

「お前以外のことなんざ、わかっても仕方ないだろ。」
 などと。

 友人と呼べる存在が極端に少ないことも知っているし、近寄るのなんて自分くらいなのもわかっているけれど、それでも、それでも!
 間もなく桔梗が本格的に眠りに身を投げたことを確認して、クロアはとても安心した。

 頬がとても熱い。こんな顔、見せられるわけがないのだから。




もうちょっとちがう話が書きたかったんだけど脱線して帰ってこれなかった。供養。
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