疑問は増えるばかり
首無パロ
「そういえばさ、」 唐突に帝人が切り出した。正臣はべらべらと動かしていた口を止め、ぁん?と片目を眇め振り返る。 「俺の演説を遮ってまで話すことか〜?」 冗談めかして迫ってくる友人に苦笑しながら、いや、たまたま思い出しちゃったんだけどと前置きし、帝人は口を開く。 「この間言ってた、遠巻きに見てるほうが良いってカップルの人、まだ見てないなあって思って」 「あー、他のはだいたい見たもんな、お前。」 言えば、納得したような反応が返ってきた。それに頷きを返し、帝人は続ける。 「紀田くんは、直接見たことあるんだよね?」 「あるぜ? っていうか、まあ…知り合い?みたいな。」 「えっ!?」 どんな見た目?と続けようとした言葉は予想以上の返答によって押し流された。 「し、知り合いなの」 動揺を隠しきれない帝人に、正臣は何でもないことのように「おう」とだけ答え、ふと視線を横に滑らせた。 「…………げ」 そして、何を確認したのか。いやな声をあげながらあからさまに、マズいものを見た、という顔をする。視線を追った帝人が見たのは、長い銀髪をふわふわと風に揺らしながら、明らかに身の丈に合っていないコートを羽織った、少女――否、女性だろうか。どちらともつかない雰囲気を纏っている、そんな人物だった。 その人物は、ふわふわとした足取りなのにも関わらず、池袋の無遠慮な雑踏の中をこともなげに歩いている。――しかし、少し見てから、そうではないということに帝人は気付く。彼女を避けているのだ、周りの人間が。あんなに目立つ髪色だからだろうか、それとも―― 「あー、おい、帝人?」 「っ!」 「なーに見蕩れてんだよ、頼むから惚れたとか言わないでくれよー」 「…そんなんじゃないけど。…珍しいね、紀田くんがそんなこと言うの」 ぼうっとしていたのは認める。お陰で声をかけられた時に不必要なほど肩が跳ねた。けれど、と帝人が思って首を傾げたのは、正臣の対応が普段と違ったからだ。いつもなら、このお調子者は、人の惚れた腫れたと言う話題にはやたらとからかいの色を含んでにやにやと追求してくるのに。 その疑問を向こうも感じ取ったのだろう。しかし正臣は、肩をすくめながら携帯を操作しはじめた。 「いやー、俺もな?あの人は確かに上玉だと思うわけよ。でもな、…ああていうかほら、あのひとが"茅花さん"だよ、帝人。」 「えっ」 本日二度目の驚き。先ほどのように声をあげることは無かったが、それでももう一度彼女に目を向けてしまった。 きょろ、きょろとあたりを物珍しそうに見ながら、時折コートの裾を引きずり、またふわふわと歩いて行く。雑踏に呑まれてしまいそうなその姿をじっと見つめていると、横で正臣が声をあげた。 「もしもし、瞑さん? 茅花さんが…」 『頼む保護してくれ』 焦りを滲ませた声が、正臣の声を遮った。どうやら電話をしているらしい。近いから聞こえたのか、それとも向こうの声が大きかったのだろうか。その判別を付ける暇も無く、正臣は「あいあい、了解しましたー」とだけ言って電話を切り、「いくぞ、見失っちまう」と駆け出した。 「まっ、待ってよ!」 慌ててあとを追いながら、ふと思い出す。――茅花さんが一人の時は関わるなって言ったの、紀田くんじゃなかったっけ、と。
「本当に助かった…」 茅花さん、と呼ばれる彼女に正臣が声をかけ、ふわふわとしている彼女をなんとか繋ぎ止めること数分。雑踏から頭一つ飛び出した、やたらと長身の男性が彼女を迎えに来た。冬だと言うのにコートも着ず、それなのに汗だくなところを見ると、相当必死で探しまわっていたらしい。 心底ほっとした様子でしゃがみ込む彼を見て、正臣はただ、いえいえと苦笑していた。 「頼むから離れないでくれって何度も言ってるんだけどな…」 「……つむり、おこった…?」 「怒らないけど、心配する」 「…ごめんねぇ、?」 ことりと首を傾けて、そういう茅花は、言ってはなんだが随分と知能に問題があるように思えた。だが瞑は気にした様子も無く、ただいとおしげに「無事で良かった」と彼女を抱き上げ、額にキスまでしている。 「……カップル?」 ふたりだけの世界を形成しかけている彼らをから一度目を離し、すぐ横の正臣にそっと囁き問いかける。彼は神妙な顔で頷いた。なんとなくそれ以上は尋ねないでおくことにして、もう一度視線を戻す。 「ありがとうな、紀田…と、」 「あ、こいつ俺の幼馴染で、竜ヶ峰帝人っす」 「そうか、竜ヶ峰くん。ありがとう」 ふ、と微笑んでそう言う彼は、とても正臣が言うように「ヤバい」人だとは思えなかった。
了
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