惚気を聞きにきたわけじゃない
ことの始まりは、姉貴が養子の様子を見てこいと言ったことだ。まあ度々あることなので、例によって仕事終わりに、つまるところ甥に当たる青年を呼び出した。
「それから昨日、雅さんが……って、聞いてますか? 瞑さん。」 「…聞いてる、聞いてる。」 聞き流してはいるが、とは言わずにおいた。 なんで「最近どうだ?」と尋ねただけで、かれこれ30分強も"雅さん"の話を聞かされなきゃならないのか。どれだけ"雅さん"に惚れ込んでるんだという話だ。 瞑は溜め息をつきながら目の前の青年――霞へと呆れた視線を向ける。 「お前なぁ、恋愛は個人の自由だが、それにしたって相手を選べよ。話聞いててだいたいお前が蔑ろにされてるってことしか伝わってこないんだが、これ姉貴に報告しろってか?」 ついでに言ってしまえば、興味も無い野郎の話を延々聞かされる俺の身にもなれ。 「う…だって特筆して報告すること無いですし…良いじゃないですか、僕は充実してますよ?…あ、そうだ、この間うけた資格試験は合格しました。」 「そっちの方が重要だろうがバカ。」 ついでのように付け足すものだから危うく聞き流しかけた瞑は、机を挟んで向こうにある霞の頭を一叩きしてから安っぽい紙コップを口につけた。 氷が溶けて薄くなったアイスコーヒーで喉を潤しながら、家に居る恋人のことを思い出す。関係ないと言われるかも知れないが、案外とそうでもない。目の前の青年が嬉々とした様子で話し続けていた"雅さん"とやらはどうも、愛してやまない自身の彼女をかつて薄暗い蔵に監禁していた青年と同一人物らしい。事情があってのことだったのかも知らないが、まあ事実は事実だ。微妙な気分にもなる。世間は狭いものだ。まあ私怨からかわいい年下の親戚の恋路を邪魔するほどガキではない。ない、が。 相手を選べとか、もう少し自分を大切にしろとか、言いたくなるのもかわいさ故だろう。まあ、老婆心ってやつだ。しかしそれでも、青年に被虐性愛……平たく言ってしまえばマゾヒストの気があるのは知っているので、もう仕方ないんだろうか、とも思ってはいた。
「…まぁ、資格合格のことと、とりあえず元気にやってるとは伝えておく。」 「ありがとうございます。でも別に、いま言ったことそのまま言っても、遥さんは気にしなさそうですよね。」 「…姉貴もアバウトな奴だからな。」 どうせ、「本人が幸せなら良いんじゃないかしら?」とか言うに決まっている。絶対だ。 想像上とはいえきっと間違っていない姉の反応にすらなんだか疲れを感じて、瞑りは本日何回目かの溜め息を吐き出してから伝票を手に席を立った。
-了-
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