あの日、あなたは珍しく泣いていた。

 忘れ物をして戻ってきた部室に、予想に反してまだ電気が点いていた。誰が残っているのだろうと首を傾げながら戸を開くと、机に突っ伏している、一つ上の先輩の姿があった。
「……明木、センパイ?」
 声をかけても、反応はない。…もしかして寝てる?
 そうっと近付いて、少しだけ見える顔を覗き込む。前髪を退けても全く反応しない辺り、結構深く眠っているようだ。
「…、……泣いてたの…?」
 不意に、目尻に残る雫と、ほんの少し赤みを帯びた目元に気付いた。泣き疲れて眠ってしまったのだろうか。……涙目になることはよくあっても、泣くことなど滅多に無いのに。
 何故かわからないけど面白くなくて、自然と眉間にしわがよる。
 雫を指で拭って、少し痛んだ髪を撫でる。あどけない寝顔は、普段の明るい顔とはまた違って、なぜだか少し、儚いような気もして。柄にもなく、存在を確かめるように、気付けば何度も、何度も、形の良い頭を撫でていた。
 ……そんなことをされていれば、普通、起きる。
「ぅ、んん…、」
 小さな呻き声にハッと我に返って、慌てて手を引っ込める。そこでやっと、自分の行動の不可解さにも気付いた。
(なに、してんの、僕。)

起きたあなたの、ぼんやりした顔と潤んだ目に、心の奥底でナニカが騒いだ。


理不尽な感情へのカウントダウン。



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