現の戯れ言(ハンジ)
やばい。
まずい。
ナナシが酔っている。
その状況を確認して、ハンジは一気に青ざめた。
誰だよナナシに飲ませた奴は!ナナシと酒はまぜるな危険と兵団内の共通認識の筈じゃなかったのか!そして飲ませたのなら最後まで責任を持てと言いたい!
胸中で誰とも知らない相手に抗議するが、現実は変わらない。
ふらふらと歩み寄ってくるナナシは、普段とは違い幾分上機嫌に見える。
赤く染まった頬は酔っ払いの証明だ。
「…ハンジ」
そんな彼が自分を見付けるや否や、嬉しそうに名を呼んで近付いてきた。
いやいやいやいや。
嬉しそうなナナシなんてナナシじゃないでしょ。
こちらの葛藤を気にした素振りもなく、そのままギュッと抱き締められる。
「ハンジ」
「ああ、はいはい。私はここに居るから、ちょっと離れてくれるかいナナシ」
「断る」
断られた!案外ハッキリとした口調で断られた!
それどころか、その両腕に更に力が込められる。
完全に密着する形となり、ハンジは手持ちぶさたにナナシの背中をポンポンと叩いた。
「ナナシ?」
「………」
「誰と飲んでたんだい?というか、いい加減離れてもらわないと誰かに見られるかもしれないよ。っていうか君こんなキャラじゃないんだから、しっかりしないと」
「………」
沈黙である。
こうなるともう、どうしようもない。
ハンジは諦めて、その背中に手を伸ばす。
緩く抱き締め返すと、ナナシの体からゆっくりと力が抜けていった。
「ほんと、キャラじゃないんだから…いつものクールさは何処にいったんだよ」
「……俺にだって、甘えたい時はある」
思いがけず返ってきた答えに、ハンジはギクリと動きを止めた。
正気に返ったわけではないだろうが、まさか今のはナナシの本音というやつだろうか?
甘えたい…
このナナシが…?
信じられない思いで見返すと、少しだけ体を離したナナシがハンジの事を見つめていた。
「ハンジ」
「な…なんだい?」
「ずっと云いたかった事があるんだが」
「う、うん。なにかな?」
「キスしてもいいか」
色々とすっ飛ばしすぎじゃないか、それ。
突っ込みたいのをグッと我慢する。
やはりだめだ。このナナシは酔っ払っている。
「君が正気に戻っても覚えていたなら、してもいいよ」
大きく息を吐き出してそう答えれば、ナナシからはそうか、という一言だけが返ってきた。
その口癖だけは変わらないんだな、と苦笑する。
その後、どうにかこうにか宥めすかし、通りかかったミケに手伝ってもらいナナシを自室へと放り込んだ。
翌日やってきたナナシに
「好きだ、ハンジ」
と言われ、
「え…?はい…?」
と戸惑う内に、
「キスしてもいいと、昨日言っていたな」
「ちょ、ナナシ!?」
ずずい、と攻め寄られ、あっという間に壁際へと追い込まれる事になるとは、その時のハンジには思いもよらぬ事であった。
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