降り積もる(ベルトルト)


「待て」

通り過ぎ様。
呼び止められたベルトルトは、ギクリとした心臓を何とか治めながら足を止めた。

調査兵団の、ナナシ分隊長だ。
顔だけは知っていた。

壁外調査。
僕達訓練生の間でも、話題になっている。その出発の日取りが、近付いてきているようだった。
準備の為か、最近は調査兵団の団員を見掛ける事も増えている。
けれど、何故。よりにもよって、分隊長に呼び止められるのか。

挨拶をする距離でもなく、彼も部下らしき人物と話している最中だった。壁外調査の打ち合わせだろう。

いつも通り。
なに事もないように。
出来る限り、関わりを持たないように過ごしてきたと言うのに。

先程の呼び掛けは、完全に自分を呼び止める声だった。

平静を装いながら、振り返る。
分隊長が、こちらへ向かって歩いてきていた。
話していた相手はもういない。

正面へとやってきた分隊長が、表情は変えないまま、不可解そうに訊ねてきた。

「………何を付けている?」

「………はい?」

けれど、言われた言葉の意味が、わからない。
つけている?
何を?
混乱する頭で、どうこの場を切り抜けるべきなのか考えるが、何も思い浮かばない。

「動くな」

無意識の内に視線を泳がせてしまっていたようだった。
最悪の状況まで想定するベルトルトに、彼の手が伸びてくる。
……ライナー、助けてくれ。

首筋に伸ばされたそれに、言い知れない恐怖を感じ──とにかく、何か行動を起こそうとした刹那。
すっと離れていったその指先に握られていたものに、一気に緊張感が抜けていくのがわかった。

「…………花か…?」

花。
ひとひらの、花びら。
赤紫色のそれには、見覚えがあった。

「朝に……」

どうにか、声を出す。
分隊長が、続きを待つように僕を見た。

「花を、貰ったんです。貰ったと言うか、降ってきたというか…なんですけど」

「………苛めか?」

「えっ!?い、いえ、そうじゃなくて…。今日が僕の誕生日だから……同期のみんなが、摘んできてくれたみたいなんです」

賑やかな声に、目が覚めた。
瞼を開けて、最初に見えたのは赤紫色の何か。降ってきたのは、たくさんの花だった。
コニーが、悪戯が成功したように笑っていた。アルミンは少しだけ申し訳なさそうに笑って。
寝ぼけていた僕に、おめでとう、と。
みんなが口々に言ってくれたのだ。

クリスタやユミルまで、僕を見下ろしていたのは驚いた。男子寮だよ!?と言っても、今日は特別だから、とか。よくわからない返事で。
アニは部屋の入り口から覗いていたようだったけれど、目が合うなりすぐに立ち去ってしまった。
ジャンに、マルコ、ライナー、そしてエレンにミカサ。ベッドの周りに、みんながいた。その後彼らは今日の天気はどうだとか、この予報は当たるだとか。そんな話をしていたけれど、サシャのもうすぐ朝食の時間ですよ!という言葉で、慌ててそれぞれの準備に戻っていったのだ。

「ずっと付いたままだなんて、気付かなかったな…」

「誕生日か」

繰り返されて、ハッとする。
自分は何を話しているのだろう。
そこまで言わなくても良かった筈だ。
ただ貰ったと、そう言えば良かったのに。

「良い同期だな」

けれど、そこで。
ふと、和らいだ声音で告げられたそれに。
ベルトルトは言葉を失ってしまった。

愕然とした思いに囚われる。
今まで遠かった存在を、急に身近なものと感じてしまったかのような。

やめてくれ。
知りたくない。

けれど、そう感じる心とは別に──
何故か、泣きたくなるような感情も押し寄せてきている事も、わかっていた。

「先程は、それが血の色に見えた。花びらだったとはな…」

「…………」

「呼び止めてすまなかった。──誕生日おめでとう」

いい同期。
いい上官達だ。
間違いない。

だからこそ、僕達は距離をおかなくてはならない。
今さらもう、止まる事は出来ないのだから。




****
エレンやアニにも祝ってもらいたかったので、訓練生時代に男主と無理矢理接点を持たせてみました…!無理矢理すぎてすみません!
ベルトルトさんおめでとう!


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