成しうる者@


局長室を退室した後、第二総合分析室へと向かう途中で宜野座に呼び止められた。
今日の当直は常守監視官の筈だが、昨日の今日という事もあり、緊急時に備えて待機しているのかもしれない。
心配しているというのに、一係へ赴く気はない様子はいかにも宜野座らしい。
気苦労の滲む姿に苦笑する。


「此木、また呼び出されていたのか」

「あぁ。大した用件でもないんだが」

「何だったんだ?」


信用されていないのか、僅かに緊張をはらんだ声音で訊ねられる。
宜野座も禾生局長の事は苦手としているように感じる。
狡噛の件でも揉めていたと、その当時はまだ五係で耳にしていた。
監視官から執行官へ。最終的にそれを決定したのは局長だ。


「いや……新しい執行官の候補についてリストを貰ったんだが、まずは監視官の数が増えなきゃどうしようもない」

「そうか……五係は確か定年で……まだ暫くは一係のままなんだろう?」

「統合されたばかりだからな。まだ追い出されたくはない」

「……そうだな」


新しい監視官が来れば俺は用済みなのか、と。
そう言ったわけでもなかったのだが、宜野座が小さく口角を上げて「悪かった」と謝罪してきた。
割りとレアな表情ではある。
現場へ赴けばいつも険しい顔ばかりを見るが、そうでない場所ではいい感じに打ち解けてきているように思う。


「常守監視官の様子は?」

「彼女も落ち込んでいるようだが……狡噛もそこまでヤワじゃない。直に目を覚ますだろう」

「やっぱり様子は見に行っていたのか」

「……偶然、窓から見えただけだ」

「俺は狡噛の方を見てくるよ」


宜野座が叱責という名の激励をするでもなくここに居るという事は、常守の方はまぁ、大丈夫なのだろう。
それよりもまずは狡噛だ。
この罪悪感を一刻も早く消し去ってしまいたい。


「此木」

「?」

「……もし、何か悩みがあるなら……相談にくらいは乗ってやる」

「……………………」

「……………………」

「……………………いきなり、どうした?」

「無いならいい」

「いや、…………今の所は大丈夫なんだが……」

「もういい」


眼鏡を押さえ、宜野座がふいと顔を背ける。
いや、いきなりすぎて対応が出来なかっただけで、正気を疑ったりしている訳では決してない。
相棒、とまでは行かずとも、ここまで気にして貰えるような間柄にはなれていたというわけだ。
嬉しいに決まっている。


「有り難う、宜野座」


監視官の数は少ない。
わかり合える人数は、限られている。

礼を言えば、宜野座がこちらを向いた。
とても意外そうな眼差しだ。
俺が礼を言うのがそんなに意外なのか?
………………確かに、あまりないかもしれない。


「今は無いが、悩みが出来た時は頼む。……お前も、何かあるなら言ってくれ」

「……あぁ」

「じゃあ、また」


止めていた歩みを再開させる。
まずは分析室。それから一係。
縢は暇を持て余してゲームでもしていそうだな。
そしておそらく常守は昨日の報告書のまとめに戸惑っている事だろう。
彼女の思考を知る為にも、覗いてみるのもいいかもしれない。


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