成しうる者A
ソファに深く腰かけた、金色の後頭部。
たゆたう煙は天井へと上り、換気口へと吸い込まれている。
開いた扉に振り返る事もしない様子に、こちらも挨拶は不要と判断し近づく。
「唐之杜」
「あら、いらっしゃい諒介君」
「狡噛の様子はどうだ?」
「いきなりそれ?少しは会話を楽しもうとか思わない?」
「…………いい天気だな」
「ふっ……あははは、なにそれ?やめてよ、諒介君が言うと本気なのかどうかわからないじゃない」
振り返りざま、肩を震わせて唐之杜が笑い出す。
人差し指と中指に挟まれた煙草から、振動と共にパラパラと灰が落ちていく。
それに気付いた唐之杜は、すぐさま残りを灰皿へと押し付けた。
ひどく残念そうな顔で。
「あー……、あなたが来るといつも煙草が駄目になる」
「俺のせいじゃないだろう」
「落とすと後で怒られるのよ」
なら、笑わなければいいだろうに。
言ったところでどうにもならないとはわかっている。
それよりも、先を促す事にした。
「それで、狡噛は?」
「はいはい」
軽すぎる返答と共に、唐之杜が立ち上がる。正面に向かって左手側の椅子へと座り直し、カタカタとキーボードを叩き始めた。
彼女は公安局総合分析室の分析官であり、刑事課を支援してもらっている。その為、五係の頃から顔を会わせる事も多かった。むしろ、宜野座や狡噛よりも交流があったと言える。
医師免許も持っている彼女は執行官の健康管理も任されていた。
度々愚痴を聞かされるが、彼女以外の適任も居ない。頑張ってもらうしかない。……と言うより、そもそも俺が口を挟めるような事でもない。
もっと上と掛け合ってもらうしかないだろう。
「そう言えば、さっきあの子──朱ちゃん?だっけ?新人ちゃんもここに来てたわよ」
「……常守が?」
「可愛い子じゃない。どうせなら一緒に来てくれればこっちの手間も省けたのに」
「…………唐之杜」
「なあに?」
「常守には手を出すなよ?」
「ふ……っ、ふふ、だから、笑わせないでよ……!」
笑いを噛み殺しながら、唐之杜は椅子を半回転させる。
そこまで面白い事を言っただろうか?
どうにも腑に落ちない。
打ち込んでいたモニター画面から離れた彼女がこちらを見上げた。
組んだ足を組み替えながら、にやり、とした笑みを浮かべる。
「それじゃあ、諒介君が相手をしてくれるの?」
「六合塚を敵に回したくはないな」
「気にしないと思うけど?……って、知ってたの」
「…………」
「ふうん。まあいいわ。つまりは弥生が気にしなければいいのね?」
「そういう問題じゃないだろう」
「はいはい」
ひらひら、と手を振った彼女は、納得したというよりは、綺麗に聞き流しているようだった。
つまるところ、どちらでもいいのかもしれない。俺の意思など、唐之杜にとっては。
六合塚……か。特にこれといった会話を交わしている訳ではないが、監視官と執行官としては良好な関係を築けていると思う。
なにより同じ刑事課内でそんなドロドロとした関係にはなりたくない。
お互い割り切っているとしてもだ。
……いや、だから、こんな話をしに来たのではなかった。
「狡噛は?」
「そんなに慎也君が心配?まぁ、い〜い感じに脊髄に直撃しちゃってるから、今日は動けないわね」
「面会は」
「動けないし声も出せないけど、それでも良いなら」
「頼む」
「了〜解」
白衣から煙草を取り出しかけた唐之杜が、暫く考え込んだ末に、一本抜き出す。火を付ける事はせず、口にくわえたままでキーボードへの打ち込みを再開させた。