誰も知らないあなたの仮面@


side六合塚

スーツを着込み、身だしなみを整える。
先程通信があったのは珍しく此木監視官からだった。
呼ばれた先は普段使われていない会議室。今日出勤している他の一係のメンバーとは鉢合わせしようのない階にある部屋だった。

特に急がなければならない理由もないが、遅れれば遅れるだけ今後の此木監視官との関係に影響が現れるような気もする。
分析室から自室へはそう遠い距離でもないが、じりじりとした焦りを感じる。
着替えを持ち込んでおけば良かった、と思わず胸中で独りごち、その内容に苦笑した。
問題はそこではない。分かってはいるものの、冷静さを取り戻すにはもう少しだけ時間が必要そうだった。

此木監視官の声音からは忌避も嫌悪も感じられなかった。そもそも知られてはいたのだろう。隠していた訳でもない。
それなのに、何故自分は動揺してしまっているのだろうか。その理由がわからない。
常守監視官と入れ違いになった時は、平然としていられたのに。




『非番なのにすまない。六合塚、少し手伝って欲しい事がある』

「…………構いませんが」


端末に表示された名に、非番も飛ぶ程の緊急事態なのかと疑ったのは自分だけではなかった。何事かと身を起こした志恩に、隠すべき内容なのかと束の間逡巡する。監視官同士ではなく、執行官である自分に連絡がくるのであれば、彼女が知っても構わないだろうか。


『……今一人か?』

「いえ」

『唐乃杜か。邪魔してすまない』

「…………」

『準備が出来たら、第三会議室まで来て欲しい』


察しの良すぎる監視官は何を訊ねるでもなく謝罪を挟み、そのまま一方的に通話は切られてしまっていた。


「デートのお誘い、ってわけじゃなさそうね」


興味深そうにこちらを眺めていた志恩が、そう言って肩を竦めた。何処をどう聞いてもそのような内容ではない。
焦るでもなく、戸惑うでもなく。ごくあっさりとなされた謝罪にどう反応すればいいのかがわからなかった。
そのまま分析室から送り出され、今に至る。
思い返してみても、謎の断定だった。此木監視官は一体どこで判断したのだろう。

いや、今はそれよりも頼まれた手伝いだ。
今日であれば、同じく非番の征陸執行官も呼ばれているのかもしれない。
時間の指定は無かった。それ故に、遅くなる訳にはいかない。


「…………此木監視官の、探し人」


以前縢が言っていたそれだろうか。
詳しい事は何も知らない。宜野座監視官ですら知らないようだった。
元五係の執行官にそれとなく聞いてみた事もあるのだが、そもそも監視官のプライベートに関わる内容には欠片も興味がない様子だった。
返ってくるのは化け物だよ、という感想ばかり。なんであれで監視官なんだか、と。此木監視官を恐れてすらいるような、そんな態度だった。

一係での姿からは想像も付かない。
何が違うのだろうか。


「…………」


監視官と執行官の距離。
狡噛のせいで、一係はそれが少しおかしくなっているのかもしれない。
狡噛以外にも脳裏に浮かんだ顔はいくつかあったが、筆頭は彼だろう。
どちらにしろ、今までは何もなかった。私達には話すつもりはないのだと思っていた。
何か事態が動いたのかもしれない。

此木監視官の頼みであるのなら、タダ働きも悪くはない。外の空気を楽しめるのなら、もっといいのだけれど。


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