飼育の作法J


個室でランチ、の個室とはトイレの事を指していたらしい。便所飯。懐かしい響きだ。
金原の現在地を探した俺たちは無言のまま目を見合わせた。優秀な常守には無縁のものだろう。狡噛も元は監視官だ。性格からしても学生時代一人きりで過ごしていたとは考えられない。
俺は割りと一人だったが、トイレで過ごそうとは思えなかった。むしろ堂々と食堂で食べきっていた。

揺さぶるには持ってこいの場所だが、しかし、まずは出て来てもらわなければならないな。


「俺が行って、声を掛ける。此木監視官はどうするんだ?」

「隣の個室に隠れて様子を見る」

「わかった。常守監視官は……」

「わ、私は外で待ってます」


慌てたように常守が答える。
金原が使用中の個室以外に、人の気配はない。とは言え、決定的なものがまだ出ていない段階で男子トイレに突入というのも、まぁ、難しいだろう。これが逆だとすると訴えられても文句は言えない。女子トイレに踏み込み訴えられる監視官……嫌だな。監視官という名前が嫌な意味で作用してしまっている。

音を立てないように内部へと足を踏み入れ、隣の個室へ入る。扉を閉めるタイミングで、狡噛が金原へと呼び掛けた。


「すまない。金原さん、だろう?少し話を聞きたいんだが開けてくれないか?」


身動ぐ気配。食堂での様子から、他人の気配に警戒しているのかもしれない。
だが、掛けられた声が先程手を差し伸べた狡噛のものだったからだろうか。鍵を開ける、カチャリという音が静かな空間に響いた。

途端、扉が乱暴に開け放たれる音に、金原のひきつったような驚きの声が聞こえてきた。
扉が開ききるのを待たずに押し入った狡噛が、胸ぐらでも掴んだのかもしれない。


「こんな所に居たのか黄緑野郎!人殺しの後の飯は美味いか!?ええ!?どうなんだ!?」


という狡噛の罵声に続き、投げ出されたのか、金原の呻きが随分下方から聞こえてくる。

……これはひどい。
扉一枚隔てた向こう側の光景にそんな感想が過る。あれだけ優しげに接しておいてのこの豹変。
常守もさぞ驚いている事だろう。唖然と口を開けているかもしれない。その顔を見られなかったのは少し残念だ。

揺さぶり(という名の脅し)は尚も続いている。そしていい感じに金原を追い詰めている。今この場で狡噛を消さなければ、金原は終わりだと。
躊躇う事はない。黄緑と馬鹿にしてくる様子は殺した三人と変わらない。ドローンであれば公安でも殺せる。今すぐ、殺さなければ。
そういった誘導。
叫び声を上げながら、金原が走り去って行く。


「な、何やってんですか!!?狡噛さん!?」

「これで金原が人を殺せる奴かはっきりする。奴には下準備をしている時間もない。今すぐ俺を始末するなら前と同じ手口を使うはずだ。そこで犯罪が立証出来る」


仰天している常守へと狡噛が冷静に説明している。大方予想通りではあったものの、「話をするだけ」と狡噛は常守に言っていた。そりゃ驚くだろう。
口を挟まなかったのは、挟んだ所で展開に変化はなかった為だ。怒られるなら二人よりは一人。有難う狡噛。


「む、無茶苦茶です……!」

「さて、逃げるぞ。奴が無実なら、俺たちはこのまま無事に外までたどり着けるだろう」


狡噛に、常守。取り敢えずの標的はこの二人だろう。
ドアを開き、顔を出す。


「狡噛、金原は俺に気付いていたと思うか?」

「いや、閉まっている事にすら気付いていなかっただろうな」

「ならこのままもう少し身を潜めておくよ。頑張れ」


二人に手を振る。
そろそろ逃げておかないとまずいだろう。ドミネーター無しでドローンと戦うのは、いくら狡噛であろうとも些かキツい。


「あぁ。じゃあな、監視官」


戸惑ったままの常守を引き連れて、軽く手を上げた狡噛が歩き去って行く。
……上手く背後に回り込めればいいのだが。金原が無実であれば、それはそれでまぁ良しだ。
暴走したドローンの犯行、という事でケリが付いてしまうかもしれないが。殺人犯が居るよりはましな結末かもしれない。……いや、そんな誤作動は恐ろしすぎるか。


「お前らが悪いんだ……お前らさえ居なければ、僕は綺麗になれるんだよォっ!!!」

「…………確定だな」


外から聞こえた金原の叫び声。ドローンの駆動音が、犯行を自白していた。


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