飼育の作法I


特に行き先を訊ねられるような事もなかった。征陸さんがいれば安心だと思われているのだろうか。
よくよく考えれば二度も常守を外へと往復させてしまっている。それほどの距離はないとは言え、押し付けてしまったのは悪かったかもしれない。
まぁ、先輩なのだから……許されるだろう。これくらいは。

後ろから付いてくる征陸さんは、俺の行動を見張りながらもそれとなく周囲を警戒している。
まさかここでいきなりドローンに襲われる事もないだろうに。
公安に挑む程、まだ容疑者を追い詰めてはいない。それはまさに、これから行う予定の作戦だ。
ドミネーターを使用出来ないのは痛い所ではあるのだが、事故だと誤魔化せている今の段階で自ら名乗り出るような真似はしないだろう。
征陸さんもその辺りは充分わかっている思うのだが……


「本当に、ただ見ておきたかっただけなんで何もありませんよ?」

「あぁ、それは分かってるんだがな……」

「俺もまだ何もしていませんし」

「その『まだ』ってのが怖いんだ」


俺の意図的な失言を、征陸さんはすぐに拾い上げて吐息を溢して笑う。呆れと親しみ、そのどちらも感じられるような笑みだった。 
他の係では向けられた事のない部類のものだ。

俺のサイコパスは、執行官達とはすこぶる相性が悪い。それはそうだろう。犯罪を犯した訳でもなく、ただ数値だけで潜在犯と見なされ隔離された経験のある彼らからすれば。好感を持たれる筈もない。

一係に配属され、征陸さんと初めて挨拶を交わした時は興味深そうに眺められていたように思う。
それまでにも顔を見た事はあった。合同捜査になればすれ違う機会も多くなる。
それは征陸さんも同じだったのだろう。互いに噂くらいは知っている、という距離感だ。
縢は眺めるだけでなく、実際に様々な質問をぽんぽんと投げ掛けてきたのだが。静かにしろとすぐに宜野座に止められていた。いや、怒られていた。
その後も後悔はしているが反省はしていない、といった態度で宜野座の目を盗んでは何かと話かけられた。

一係は、様々な意味で特殊だ。
初対面の時点で、五係とは異なっていた。


「リョウ、俺達に話せない事でも、あのお嬢ちゃんなら大丈夫じゃないか?」


そんな事を考えている内に、予想外の方面から攻撃を受けてしまった。
攻撃だと感じてしまったのも失敗だ。

思わず足を止める。
二階のエレベーターホール。ドミネーターは届かないが、不意を打つには背後か上階からがベストだろう。身を隠しておき、黒と判断出来た時点で飛び出す。
上階も構造は同じだ。狡噛の行動に合わせて後はぶっつけ本番。ひょっとすると俺の出番などなく、狡噛だけですべてを片付けてしまうかもしれないが。
それならそれで構わない。今回は楽が出来たと思う事にしよう。役立たずとは言わせない。
確認しておきたかった場所は、これで回れた。


「コウの件があるからな……伸元には難しいかもしれんが、あのお嬢ちゃんになら──」

「常守監視官と……征陸さんには、お世話になるかもしれません」


振り返り、そう答えると意外そうな眼差しで征陸さんが俺を見つめていた。
素直にそう答えるとは思っていなかったのか、それとも人選だろうか。
縢には話せない。六合塚にも無理だ。狡噛は佐々山の件で既に手一杯。宜野座にもこれ以上の負担はかけられない。
頼むとするなら、常守か征陸さんにだけ。あとは唐乃杜に任せておけば、まぁ、どうにかなるだろう。


「そんな事より、常守達と早く合流しましょうか。金原に白黒付けて、陸の孤島から脱出しましょう」

「白だったら脱出は出来ないんじゃないか?」


そう言って、困ったように笑う征陸さんは、俺からすればいい父親にしか見えない。
流されてくれるのは優しさだ。俺に付いてきたのも、先程の話題を急に振ったのも、ここに着いてからの態度で心配させてしまったせいだろう。
いい人だ。とても。
宜野座も早く気付けばいい。
手遅れになってしまう、その前に。



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