飼育の作法G


工場内の一室を借りた臨時の会議室で、宜野座達により準備されていた職員のデータがスクリーンに映し出されていた。


「あの主任の言ってた通りだと、常に一人だけ色相チェックが悪化している奴がいて、そいつは例外なく後に転属処分を受けている。ところがここ一年、配置換えはない」

「死亡事件が起こるようになったのも一年前からですよね」


色相の悪化が見られる職員を表示させながらの征陸さんの説明に、常守が確認を取る。
どちらも一年。偶然の一致……にしては、出来すぎていた。
どうやら今回の犯人はいじめの被害者側であったらしい。


「この一年間、ずっと同じ職員がいじめの対象になってるんだ。データで一目瞭然だな。他の連中はクリアカラーなのにサイコパスを濁らせてる奴は一人だけ」

「金原祐治……色相判定イエローグリーン」

「なるほどな。それで黄緑野郎か」


つい先程、食堂で目撃したばかりの顔だった。
いじめの対象は一人だけ。死亡事件が起こる度に色相が好転し、時間が経てばまた濁っていく。絵に書いたようなサイクルだった。


「決まりだな」

「そんな……おかしいですよ。人を殺しておいて、サイコパスがむしろ好転するなんて……」


だから、決まりだと結論を出した時。
常守が信じられない、といった様子で心底不思議そうに震えた声を出した事に。
俺こそが、驚いていた。


「金原以外の職員は金原を痛めつける事でストレスを解消してるんだ。なにも不思議な事じゃない。サイマティックスキャンなんてない時代にゃ、別段珍しい話じゃなかったんだぜ?こういうの」


そう返した征陸さんと、まったくの同意見だったからだ。
なにも不思議な事じゃない。
人を害して自らのサイコパスを保つという意味では、他の職員と金原の違いは、ない。
おかしな事など、何もないのだと。

何故俺は、潜在犯ではないのだろうか。








「珍しいね。いつもならリョウちゃんがギノさんを止めてたのに」

「それは常守を一人で送り出した事に対する嫌みなのか……?」

「いやいや、違うって。そりゃまぁ、ちょっと朱ちゃんが可哀想だなとは思ったけど」


扉の方をチラリと見遣り、縢が苦笑を浮かべる。
激昂した宜野座を宥めたのは常守だった。征陸さんに狡噛と、感情を波立たせた宜野座を止めるタイミングは幾つかあった。普段だったなら、止めていたのだろう。落ち着け、と。
征陸さんと狡噛に対しては、宜野座は普段の落ち着きようを簡単に失ってしまう。仕方のない事だとは思うのだが、それが宜野座のサイコパスを濁らせる要因になってしまっているのは残念だ。

今二人は捜査の方針について扉の外で話し合っているのだろう。呼ばれなかった件については、二人とも先程の様子からしていっぱいいっぱいだったのだろうと推察出来るが、俺もついつい見送ってしまっていた。
今さら割り込めない。なんか空気読めてない奴みたいな乱入の仕方になってしまう。
宜野座はそういう奴には厳しい。
俺はまだ、ここに居たい。


「リョウ、お前さん……大丈夫か?」


征陸さんから、心配そうに訊ねられてしまった。
動くべき時に動かないというのは目立ってしまうらしい。だが、心配すべきは征陸さんの方だろう。今回の宜野座はどこか、余裕がなさそうだった。何が引っ掛かったのかは分からないが、社会の屑は明らかに言い過ぎだ。


「すみません、止められなくて。大丈夫です。ただなんで俺は監視官なんだろうかと不思議に思っていただけで」

「全く大丈夫そうじゃないな……」

「此木さんが監視官でないのなら、他に誰が監視官になれるのか分かりません」

「宜野座とか」

「今のこの状況でギノの名前を出せるアンタは凄い」

「……監視官としては、俺は愚か者なんだろうからな」


正直、六合塚からの評価には驚いた。それほど高く買って貰えているとは思わなかった。
狡噛としては宜野座に思うところがあるのかもしれないが。
俺自身は、怪物と呼ばれようとも宜野座に勝てる気はしない。
もっとも、1係に配属されてからはそう呼ばれる回数も随分減ってきてはいるようだったが。
これは結構、まずいかもしれない。


「なんかさっきも似たような事言ってなかったっけ……リョウちゃん、まさか転職しようとか考えてる?」

「おいおい……伸元が聞いたらえらい事になるぞ」

「いや、辞めるつもりはありませんよ。クビになるならともかく……ってこんな話をしている場合じゃなかった。宜野座が戻る前に作戦を立てておこう」


なんだかんだで、常守が宜野座を説得してくれている方向で話は進んでいるのだと思う。思いたい。きっと大丈夫だ。


「狡噛、さっき何か言いかけていただろう。何をするつもりだったんだ?」

「金原を揺さぶれば尻尾を出すだろうと思ってな……あとはドミネーターの届く場所まで誘導する」

「囮か……いいんじゃないか?他の皆は外でドミネーターの準備、宜野座には他の職員が出歩かないよう手を回してもらおう」

「此木監視官は?」

「俺は上からドーンと──」

「…………あまり無茶はするんじゃないぞ」


狡噛ばかりを危険な目に合わせる訳にもいかない。
というのは建前だが、まぁ、どうにかなるだろう。

←prev next→
top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -