飼育の作法F


隅の席を借りて食事を取っていると、唐揚げを頬張りながら、圏外と表示された端末を眺めて縢がしみじみとした様子で呟き始めた。


「それにしても、嫌な職場だよな……きょうびネットに接続出来ない環境で缶詰めとはね」

「でもここの人達のサイコパス色相、わりと安定してるよ?」

「はっ。どんな場所でも気晴らしの方法は──」


先程受け取ったばかりの従業員の色相データを表示させた常守に、縢が笑う。
潜在犯の更正施設もそうなのだろう。あるいは執行官になってからも。
どんな場所でも、気晴らしの方法くらいはある。
実感の込められた縢の台詞は、しかし全てを言い終える前に途切れてしまった。
相変わらずの笑みを浮かべたままの郷田主任が、こちらへ歩み寄ってきていた。


「いかがです?なにか不審な点は見付かりましたか?」

「いえ、いただいたデータからは特に」


ガシャン、と。
食器のぶつかる音と、下卑た笑い声が常守の返答に重なった。
咄嗟に背後を振り返ると、従業員の一人が数人に取り囲まれるようにして床に膝を付いている。
落ちたトレイ。
散乱した昼食。


「よう、黄緑野郎、今日もまた優雅に個室でランチかい?」


極めつけにその台詞。
間違いようもなく、勘違いのしようもない。
苛めの現場が、そこにはあった。



***



娯楽のない場所でのストレスの発散方法。
集団の笑い声に、それらを容認する態度。

食堂で起きた、あまりにも問題のありすぎる先程の光景から、見えてきたものがある。
問題は加害者か被害者か、犯人がそのどちら側なのかだが、色相だけでも判断は出来るだろう。引っ掛かりはしなくとも、濁りはしているのだろうから。
よくあれで殺人だと気付かないものだ。


「此木監視官、何か言ってやらなくて良かったのか?」

「……狡噛が全て言っていただろう」


騒ぎが起きてからというもの、話す気力も失ってしまっていた。
第三者が存在する場で、よくもまあ堂々と。俺達に気付いていないのか、それとも気にする必要性すら感じていないのか。
「よくある事です」と事も無げに告げてきたあの責任者からして、後者なのだろうが。

立ち上がり、無言のまま倒れた一人に歩み寄ると、サッと人垣が割れた。
その時の、面食らったかのような、あの目。
止める者など居る筈がない、と何よりその目が語っていた。

シビュラが苛めの対象までをも選んでいるのだとしたら、今回の被害者もすべて、シビュラが選定したとでも言いたいのだろうか。馬鹿げている。
歪んでいる。
何もかも。


「朱ちゃんはどや顔だったね」

「狡噛さんが言ってくださってスッキリしました」

「あれはそういう表情だったのか」


得意気な、見たこともないような笑みを浮かべていた。俺と目が合うとすぐにハッとしたように逸らされてしまったが。どうにも見られた事に照れていたようだった。
今も少し恥ずかしそうだ。
この表情は、俺にはなかなか縁遠いもので新鮮な気分になれる。
刑事課、特に一係はそういった可愛げをどこかへ置いてきてしまったかのような者達の集まりだった。
六合塚は常にクールだし、縢や唐之杜は感情を隠す事がない。狡噛や征陸さんは可愛さとは対局にあり、宜野座は……宜野座だ。


「す、すみません……」

「いや、スッキリしたのなら良かったんじゃないか?よくやった、狡噛」

「どんな褒め方だ」


話すだけ無駄だと、俺はあの主任を視界の外へと追いやってしまっていた。
狡噛が向かい合ってくれたのは、正直助かったのだ。


「後は絞り込むだけだな」

「どういう事ですか?」

「動機はさっきのアレだろう。あとは色相を見れば答えは浮かんでくる」


その準備は今、宜野座達がしてくれている。早く合流し情報を伝える事にしよう。
食堂へ行ったのも無駄ではなかった。
そろそろ働くべき時だな。


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