飼育の作法E
「お疲れさまです、此木さん」
合流するなり、目の合った常守からそんな言葉をかけられた。
離れたのは二十分程。外に停めてある車へと往復してきた常守に対し、こちらは──と言うより、俺はただ、狡噛とぼそぼそ会話をしていただけだった。
つまり、何もしていない。
現段階で疲れたと言って許されるのは、常守達か宜野座だけだろう。
舌戦は神経を使う。俺には真似出来ない。
「……俺はまだ何もしてない。それは宜野座に言ってやってくれないか?」
「え?」
「何もって……そんじゃあ何してたの?」
そこまで疲れたような顔をしてしまっていたのだろうか。
虚を突かれたように瞬く常守に変わって、縢がそう訊ねてくる。
しかし、話の流れから考えても最もな質問ではあるのだが、俺の傷を抉るのはやめて貰いたい。思わず遠くを見つめてしまった。
「……自分の存在価値について、己自身に問い掛けていた」
「………………ふ、深いですね」
「……そっちってさ、何しに行ってたんだっけ?」
混乱を振り撒いてしまったらしい。
常守は無理矢理捻り出したような相槌を打っているし、縢に至っては根本的な疑問まで抱かせてしまったようだった。
すまない、宜野座。お前の頑張りは絶対に忘れない。……後半は聞き逃してしまっていたが。
「監視官、そんな事より早く飯を食いに行こう」
「そんな事?」
フォローする事もなく黙っていた狡噛が、そう急かしてきた。
あまり遅くなると宜野座がうるさい。それは分かるが。言い方。
「食堂の様子も見ておきたい」
「まぁ……そうだな」
「俺は今日は唐揚げって気分かな〜」
宜野座に六合塚、征陸さんは先に工場内の一室を借りて先程受け取ったデータの解析に取り掛かっている。
昼食を取る時間くらいはあるのだが、このメンツで仲良く食事、という状況に耐えられなかったのかもしれない。
征陸さんはそんな宜野座に付き合っている。六合塚の場合はさっさと帰りたいだけだとは思う。何と言ってもここは男だらけでネットも繋がらない閉塞感溢れる空間だ。
……そう考えると俺も早く帰りたくなってきた。
「あ、食堂ってここですね」
「唐揚げ定食発見!」
「俺はカレーを…………常守、その手に持っているものは何だ?」
「携帯食糧です。私はこれで……」
「食える時に食っておいた方がいい」
「俺らと違って朱ちゃんはカロリー計算とかしてんのよ」
「その分消費すれば問題ないだろう?」
「いやいやいや……そんな体育会系なノリでいけるのはリョウちゃんかコウちゃんだけだって」
昼時という事もあり、食堂内は既に人が集まり始めていた。
見慣れない俺達の姿に不審そうな眼差しを向ける者もいたが、目が合った瞬間にそれらはすぐに逸らされていく。
全員のスーツ姿、そして会話に加わらず、無言のままじっと室内を観察している狡噛の雰囲気で、なんとなく察したのかもしれない。
下手に関わるメリットは何もない。仕方のない事だろう。
「おい、狡噛。何にするんだ?」
「あぁ……俺は珈琲と」
「おばちゃーん!唐揚げ定食一つ!」
訊ねた狡噛の声を遮る縢の注文。
同時に口を閉ざし、そちらを見遣れば、やけに瞳を輝かせている縢が厨房の中を覗き込んでいた。
機械ではなく人が働いているのか。珍しいな。