飼育の作法D


殺人である証拠を示せという工場側と、ドミネーターを使用したシビュラによる判定を要求する公安側と。両者の主張は拮抗している。最終的にこちらが折れた……形に見せかけての、地道な調査になるのだろう。
他の係が担当したのであれば難しい捜査になったのかもしれないが、この一係には思い切りの良い狡噛と、何をするか分からない常守の二人が居る。……これは逆も言えるかもしれないが。
宜野座と主任の話し合いを耳には入れながら、監視カメラの映像を眺めている狡噛へと歩み寄った。
小声で話しかける。


「なぁ、狡噛。向こうには確かに俺は不要だったかもしれないが……こっちにも不要だったんじゃないか?」

「……かもな」


あっさりと。認められてしまった。
先程から、口を挟む余地すらなかったのだ。しないでいいのならいいで、それはそれでこちらの望む所でもあるのだが……今この場に居る意味を見失いそうになりながら、なんとか寸での所で踏みとどまる。

あの二人の会話はすべて、予定調和のようなものだ。作業は止められないし、シビュラも届かない。どちらも動かしようのない事実だった。
だがそれでも、穴を見つける事さえ出来ればそれをギリギリまで広げる事は可能だった。
宜野座はそこを見逃さない。少しでもこちらに有利な条件へと誘導する。
……ここに俺が居る意味とは。
ループしかけた思考を遮断する。狡噛の視線を追った。


「…………何か見付かりそうか?」

「いや……、これだけじゃ無理だな」


熱心に眺めていたように見えたが、狡噛ももしかすると時間を持て余していたのかもしれない。
嘆息とともに首を振られる。

そもそも、今のこの状況下では次の殺人は起こらないだろう。ましてやまだ昼前だ。人気のない場所、と言うのもこの時間帯では見付け難い。
ヒントも何も無しでは、さすがに犯人の捜しようがない。


「提示されたデータを調べるしかないか……」

「あぁ、ある程度は絞り込めるだろう」

「その後どうするかだな……。狡噛、あまり無茶はしてくれるなよ?知っていると思うが、宜野座を説得するのは中々大変なんだ」

「そうだな、知っているさ。此木監視官が無茶をした時に、ギノを説得しているのは俺だ」

「…………」

「…………」


振り返ってみれば。
無茶をした覚えは無いが、執行官を置き去りに執行した記憶は幾度かあった。
その度に宜野座が何か言っていたような気がする。正直、ほぼ聞き流していた為に内容は良く覚えていない。5係だった頃も何度か注意は受けていたが、改めるつもりもなかった。
執行官を丸々放置したのであれば問題だろうが、目を離した訳でもサボらせていた訳でもない。詰めの部分だけであれば、監視官でも執行官でもどちらが行おうと問題はない筈だった。早く着いた方でいい。
その点については禾生局長も何も言っては来なかった。

だが、そんな事を言ってくる宜野座の近くには、いつも狡噛が居た……ような。
そうか、あれは宜野座からの小言を食い止めていてくれたんだな……


「狡噛、今回は俺たちで協力して──」

「此木監視官。話は終わった、行くぞ」


感動を込めて提案しかけた矢先に。
背後から低い声音で呼び掛けられた。
宜野座の声だった。
肩に手が乗せられている。何故だか若干痛い。


「俺達全員で、協力して、解決しようじゃないか」


全員で、協力、の部分が強調されている。
話は聞いているつもりだったが、いつの間にか狡噛との会話に意識を向けすぎていたようだった。
これはまずいかもしれない。
不穏な気配を感じる。 


「…………あぁ。全員で頑張ろう。いや、頑張るよ、宜野座」


両手を上に。協調する姿勢を示す。
背後にいる宜野座の表情は窺えないが、正面に立つ狡噛の様子を見るに、これで正解ではあったようだった。

…………というより、俺だけに向けた言葉でもなかったのだろうに。
素直じゃない。そう思った感情は、ふと目が合った六合塚とだけは共有出来たようだった。


←prev next→
top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -