飼育の作法B


映し出されていたホログラムが消え、もう何の痕跡も残されてはいない床を眺める。
生きたままバラバラに。そんな悲惨な事がここで起こっていたとは、もう思えない。発見当時は騒ぎにもなった筈だ。サイコパスも乱れただろう。だが、この主任からは既にその感情が消え去っている。
三人もの死を目の当たりにして、だ。
事故だと決めつけるには、被害者が多すぎる。それを疑問に思う余地すらない程に、あった筈の惨状を意識から消し去ってしまっている。

事故だという結論がまず第一にあり、そこへと向かって思考が傾いているようだ。経済省との繋がりは相当深いらしい。


「一旦車に戻って、こいつを本部に転送してくれ。俺は郷田主任ともう少し話がある」

「わかりました」


宜野座が指示を出していた。
常守と別行動を取るようだ。
電波が届かない為、その都度誰かが車へと戻らないとならない。これは確かに面倒かもしれない。


「此木は俺と来てくれ」

「……お前だけで充分じゃないか?」

「データの転送だけに監視官二人は不要だろう」


常守と行こうとしていた事を、早々に見破られてしまったらしい。動き始める前に制止されてしまった。
宜野座の言う事は尤もではあるのだが、話の内容を思えば憂鬱にもなる。
わざわざ戻るのも面倒だが、それよりも数段面倒な方へ呼ばれてしまった。


「諦めろ、此木」


既に管理室へと向かって歩き始めている郷田主任と宜野座を追う狡噛に、通りすぎ様に肩を叩かれる。
同情を込めた声音は、励ましのようで、まったく励まされない内容だった。

宜野座がいれば充分だろうに。俺はそれほど口が回る方ではない。出来るならそれらは全て宜野座に頑張ってもらいたい。その分、俺は別で頑張るから。


「じゃーねリョウちゃん。また後で」


無情にも、全て決定事項として話は進んでいるようだった。ヒラヒラと手を振りながら、縢が常守達と共に去っていく。
俺の背後には、六合塚が無言のまま佇んでいた。無言でありながらも、その眼差しは雄弁にものを語っている。
早く行きましょう、と。


「………………」

「………………」


じっと向けられる眼差しに、あっさりと心が折れる。
駄目だ。勝てない。
狡噛からの言葉通り、諦めるしかないようだった。
別段、なにかをする必要はないのだ。ただ行きたくないというだけで。
ゆっくりと歩を進めながら、後ろから続いてくる六合塚へと声をかける。無言のままではあまりに気まずい。


「…………今回は、割りと簡単に犯人が見つかりそうだな」

「そうですか?」


良かった。無視はされないようだった。
六合塚に対して何故こうも弱気になってしまうのか、自分自身でもよく分からないままにホッと安堵する。
もしかすると、唐之杜関連で六合塚に敵視されてしまう可能性があるから、なのだろうか。二人とも本気であるのかまでは知る由もないが、邪魔をするつもりは俺には無い。
嫌われたいとは、誰だって思わないだろう。


「そもそも、容疑者が少ない」

「50名でしたね。……それより、此木監視官。殺人だと断定しているようですが……」


忘れていた。まだ事故か事件かは判明していないのだった。
あまりにも決めつけて話していてしまったせいか、六合塚もその前提に疑問を持ったようだった。
確認するように、そう訊ねられる。


「六合塚も、そう思っただろう?」


事故だとは、到底思えなかった。だが、何と答えるのが正解なのだろうか。
問い返した俺に、六合塚はただ、はいと一言頷いた。

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