飼育の作法A


現れた責任者は、どこから見ても胡散臭い笑みを浮かべて俺達を出迎えていた。
完全な偏見ではあるのだが、このような人物はどうにも信用ならない。プライベートであれば近付きたくもない。
特に過去何かがあった、という訳でもないのだが、もしどうしてと問われる事があるのなら、生理的に駄目だ、と答えるしかない。


「現場を見せていただきます」

「勿論。案内しましょう」


宜野座の要請ににこやかに頷き、背を向ける姿を眺めていると、立ち止まったままの俺を不審に思ったのか常守が小さく首を傾げて呼び掛けてきた。


「此木さん……?どうかしましたか?」


声をかけられた事で気付く。無意識に距離を開けようとしてしまっていたらしい。近寄りたくない、とまで思ってしまっていたのだろうか。

(……常守監視官に心配されてどうする。)

いまだに監視官が三人体制でいるのは、常守の為の筈だ。新人扱いは出来ないとは言え、慣れるまでは、まだ。
いや……、と答えて首を振る。


「悪い、なんでもないんだ」


不思議そうに立ち止まった俺たちを待っている縢の元へと足を進める。
今は余計な事に気を取られている場合ではなかった。早く現場を確認し、殺人であるのか否か、調べなければ。



***


「──見ての通り危険な業務です」

「デバッガの方々にとっても、かなりの負担なのでは?」

「そうですね……実際ここは外とは違ってストレスケアが乏しい。ネットに接続出来ないので娯楽の手段も限られていますし」

「オフラインなんですか?ここ」

「回線そのものが設置されていませんし、この建物自体が電波暗室になっています。なので外部の通信網にアクセスする手段は一切ありません。ハッキング対策としてはもっとも効率の高い保安体制です」


素晴らしい体制であり環境です、とでも言いたげに、男は締め括る。
外部の通信網。つまりここは、シビュラシステムとも繋がっていない。設置されているのは据え置きのスキャナーのみ。ストレス判定が精々だろう。
そんな場所で人間がドローンにバラバラに解体される、などと。


「ぞっとするねぇ。陸の孤島かよ」


前半部分の感想が、縢の声と重なった。
ぞっとする。
ただ、縢はここはネットから隔絶された不便すぎる辺鄙な地といった印象のようだ。
感じ方は俺とは異なっているようだった。当然のように張り巡らされているものがない地、というのは、開放的ではないのだろうか。

シビュラの無い世界があったとしても。
ただ犯罪を見逃すだけなのだろうか。

ドローンの試運転を兼ねた最終チェック、という様子をガラス越しに眺めながら、ふとそんな事を思う。


「どうかしましたか?」

「……シビュラから解放された気分に浸れる筈が、ここはただ閉じ込められているようだ」

「此木監視官……?」


六合塚に問われ、つい本音で答えてしまっていたが、縢や六合塚からしてみればただもなにも、ここは元より閉じた世界だったのだろう。
理解出来なかった様子で、六合塚が戸惑った眼差しで俺を見ていた。


「いや、何でもない。忘れてくれ」


今日は、こんな事ばかり言っている気がする。少しまずい状態かもしれない。
今日も今日で色相はいつもと同じ、クリアカラー。
なにも問題は無い筈だったが、この環境は俺とは相性が悪いのかもしれない。



被害者の塩山大輔が発見された場所にたどり着き、皆の足が止まる。


「死体は既に、初動でドローンが処理した後でして。こちらが記録だそうです」


床へと、発見当時のままの映像が映し出される。
──その記録は、どう見ても、ドローンを使った殺人である事を物語るものだった。

←prev next→
top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -