飼育の作法@


side宜野座

八王子の工場が、今日の一係が向かう現場だった。ドローンの暴走による事故か、誤作動を誘発するプログラムを仕組んでの殺人か。
面倒なのは事件の内容ではなく、現場そのものだと言えた。経済省管轄の官営となれば、スムーズに事は運べないだろう。
目的地にたどり着き、車を停車させた宜野座に、新人の監視官から実に気楽な発言が飛び出してきた。


「私、執行官の皆とうまくやっていけそうな気がします!」


何をどう感じて、そう思ったのか。
狡噛を撃った先日の一件は、監視官としての決意の現れという訳でもなく、猟犬を調教するようなつもりではなかったらしい。
ならば、同僚として、か。
此木と縢は『うまくやって』はいるようだが、それは此木が特殊だというだけである。


「愚か者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶと言う。君が愚か者でない事を祈ろう」


監視官という立場から考えれば。
暢気と言う他にない。
常守監視官にそう告げて車を降りると、外で待ち構えていたらしい此木が、何か言いたげな視線を宜野座へと投げ掛けてきていた。

「俺ら先行ってるよー」と気軽に声をかけた縢と狡噛、六合塚がその後ろを通り過ぎていく。
今日もまた、護送車へと乗り込み常守を驚かせていたその此木は、愚か者とも賢者とも、どちらとも言い難い。
つい先程も考えていた通り、此木と執行官との距離は近い。近すぎる。が、此木が奴らに引き摺られるような事はない。
そんな事は有り得ない、とすら思えるのは、此木が怪物と呼ばれる程のサイコパスの持ち主だからか、それとも己自身を調教し、自ら狩りへと赴くような監視官だからか。宜野座自身にも良く分からない。

ただ、諒介を頼む、と。
宜野座へそう告げに来た五係の監視官の声音だけが、嫌に良く耳へと残っていた。


「なにを話し込んでいたんだ?」

「ただ警告をしていただけだ」

「警告?」


過去の記憶を振り払い、宜野座は眼鏡を押し上げた。
大方の予想は付いているのだろうに、此木はわざわざ訊ねてくる。
寝過ごした訳でもないのに護送車へ乗り込んだのは、宜野座と常守に会話を持たせようとかいう、いらぬ世話心だったのだろう。
余計な気を回すのは、こいつの悪い癖だと言えた。
それをはねのけるような台詞を吐き出していた宜野座に、一言もの申しに来たようだ。


「常守監視官が拗ねているぞ」

「は……?」


拗ねる。
一瞬、此木が何を言ったのか宜野座には理解が出来なかった。思ってもいなかった一言だ。
おおよそ此木に似つかわしくない単語に呆気に取られた宜野座が、呆然とその視線を追い振り返ってみると。
まさしくその通りな、拗ねています、というままの表情を浮かべた常守監視官が、じとっとした目で宜野座と此木を見つめてきていた。


「……宜野座さんは、此木さんには優しい気がします」


あまつさえ、そんな事を言ってくる。
あんまりな内容に言葉を失う宜野座の代わりに、此木が緩く首を振って答えていた。


「常守、それは誤解だ」

「本当ですか……?」

「俺はもう、散々注意された後だからな」


どこかドヤ顔で。
もう何を言えばいいのか分からない。
色々な事を諦め深く嘆息した宜野座は、「行くぞ」とだけ二人に声をかけ、執行官達の所へ向かうのだった。

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