成しうる者E


出勤すると、一係内は良く分からない空気に包まれていた。
険悪、とまではいかずとも、普段通りの沈黙という訳でもない。
端的に言うなら、居心地の悪い静寂だ。

宜野座が居ると私語が減り、静かになるのはいつもの事だが、今日はそのいつも以上の沈黙だった。
室内に数歩踏み入れた所で立ち止まり、作業に取り掛かっている面々を眺める。
常守、狡噛、宜野座、と。この三人が揃っているからだろうか。大蔵確保の一件以来、顔を会わせたのは初めてな筈だ。今日はその報告書を作成する事になっている。

しかし、縢までもが口を閉ざしているのは意外だった。復帰したばかりの狡噛か、カワイ子ちゃんと口にしていた常守あたりに話しかけていそうなものだと思ったのだが。


「おはよう、リョウちゃん。遅かったね」

「分析室に寄っていたんだ……なにかあったのか?」

「べつに、なにも?」


その縢が俺に気付き、声をかけてきた。
が、やはり普段とは様子が違っている。
なにも、と言った声が、触れて欲しくはなさそうな響きを伴っている。怒っている……わけではなさそうだが。
誰と何があったのか。全く予想が付かない。
征陸さんがいれば、それとなく情報を聞く事も出来たのだが生憎と今日はオフのようだ。
征陸さんの席に視線を移すと、その途中で常守監視官と目が合った。
思わず見てしまっていた、とでも言うように、一瞬瞳が見開かれ、それから慌てた様子でペコリと頭を下げられる。謝罪と挨拶、その両方の意味にとれるようなお辞儀だ。
……常守と何かあったのか?珍しい。


「……おはよう、狡噛」


取り敢えず、どちらにも追及は無理そうだと諦めて狡噛に声をかけてみる。
もう動けるようになったらしい。


「此木監視官、心配をかけたな」

「もう大丈夫なのか?」

「あぁ、見ての通りだ。問題ない」


さすがとしか言いようがない。
右手のひらを握り開き、と繰り返し、不敵にも見えるような笑みを浮かべて狡噛が頷く。
狡噛は丈夫だから、と。宜野座と六合塚、二人から言われるだけの事はある。
戦力面で考えても、狡噛が居るとやはり心強い。

しかし、何かあるとすれば狡噛と常守の間だと思っていたのだが、どうやら外れだったようだ。
全く気にした様子がなかった。


「此木、いい加減席に付け」


そうこうしている間に、宜野座からそんな注意が飛んできた。
そこまで話し込んでもいないと思うのだが、就業時間中の宜野座は厳しい。オフの日の優しさを、ここにも少しは持ってきて貰えないだろうか。


「……何だ?」

「いや、なにも」


かぶりを振り、大人しく席に向かう。
言ったところでどうにもならない。
入れ替わるように常守が立ち上り、宜野座の元へと向かっていった。
報告書が出来上がったようだ。



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