成しうる者D


side縢

一人でカレーうどん。
広いフロアで黙々と箸を進めているその一係の監視官の姿に、バーガーと珈琲のセットを盆に乗せた縢は足を進める。
大開口の窓からは夜景を一望出来る空間にもなっている筈が、その新しい監視官は景色を楽しむ気はないらしい。実に庶民的な夕食を、黙々と口へと運んでいる。


「ご一緒していーっすか?監視官どの?」


声をかけると、チラリと監視官の視線が縢へと向いた。僅かにジト目に見えたのは、昼間の出来事で警戒させてしまったせいかもしれない。
返事を聞く前から椅子を引き座る体勢に入っていた縢だが「どうぞ」と応えて貰えたので問題はないだろう。


「今日はもう非番なんじゃ……?」

「ははっ。俺ら執行官は囚われの身なんだぜ?オフだって刑事課フロアと宿舎の他には行き場所なんかねーの。あぁ、別の意味で囚われてる人達も居るけどさ」

「それって此木監視官のこと?」


思い浮かんでいた顔は三つあった。縢とはまた違った意味で──シビュラによって定められた潜在犯としての制限以外のものに──囚われている三人。
その内一人の名前を即座に言い当てられ、縢は思わず相手を見返す。
その反応に驚いたのか、きょとんとした眼差しが数度瞬いた。


「……なんでリョウちゃんだと思ったの?」

「さっき、ここに来る前に擦れ違ったから……此木監視官も今日は非番の筈でしょう?」

「え、会ったんだ?」

「会ったというか、ほんとに擦れ違っただけなんだけど」

「……なんで話さないんだろ?まさか朱ちゃんと二人で話すのが恥ずかしいって訳でもないだろうし……いや、それはそれですっげー面白そうだけど!あ、朱ちゃんって呼んでいい?」

「別にいいよ」


監視官どのの許可もいただけたので、朱ちゃんと呼ぶ事にする。ギノさんはうるさかったな、とぼんやりと思い出しかけた所で、縢は思考を修正させた。今はそっちはどうでもいい。
昼にリョウちゃんと会った時の事を思い出す。常守の様子は、と確かに心配はしていた。メインとなる目的はコウちゃんの見舞いだったのだろうけど、会話を避けるような理由は見つけられない。
一緒に飯でも食えば良かったのに。


「此木さんと仲が良いんだね」

「俺が?」

「違った?」

「いや、違う事はないけど……フツー監視官と執行官が仲が良いとか言わねぇからさ。……あー、昼間はごめんね。俺もついついはしゃいじゃってさぁ」

「気にしてないよ。っていうか、仕方ないっていうか……」


苦笑のような吐息を漏らし、朱ちゃんは俯いた。俯いた先にあるのがカレーうどんな時点で、シリアスには向いていない。
昼間の発言に抗議がなかった所から考えても、これ以上この話題で突つく必要性は縢には感じられなかった。黙りなさい、とか何とか言われてしまえば立場上は黙るしかないのだ。
なにより、やってしまったものは仕方がない。


「しっかしまぁ、公安局監視官なんてまたとんでもない就職したもんだねぇ。なんでまた?」

「向いてない……かな……?」

「昨日のアレを見た限りじゃね。誰だってそう思うんじゃない?」

「宜野座さんや此木さんは、どうして監視官になったんだろう?」

「リョウちゃんは……人を捜してるって言ってたかな。怪物とか言われてるけど、割と必死で余裕なわけでもないみたいよ」


仲が良い理由、を探すとするなら、そこかもしれないと縢は思う。
ただシビュラに従うだけではない、別の目的を持った監視官というのは面白い存在だった。怪物だなんて呼ばれながらも、完璧ではない所も。
必死な姿は、誰だって好感が持てるだろう?


「怪物?」


朱ちゃんはまず、別の部分で引っ掛かってしまったらしい。
怪訝そうに、その単語を繰返して首を傾げていた。まだ知らなかったか。


「サイコパスは常時クリアカラー。犯罪係数は0から滅多な事じゃ動かないとかで、そう呼ばれてるんだよ。シェパード"ゼロ"ってのも、それが理由」

「そうなんだ……」


驚いたような、納得したような。
何とも言えない表情でのその一言には、しかし今までとは違い、親しみのようなものが籠っているように縢には感じられた。
しっくりくる言葉を探すと……親近感か?
朱ちゃんもそんな風に呼ばれた事でもあるのだろうか。
執行官が猟犬だなんだと呼ばれるのと、似たようなものなのかもしれない。


「でも、公安じゃないと捜せないとなると……潜在犯か、それとも何かの事件の犯人くらいじゃ……?」

「そんなとこだろうね。監視官同士、朱ちゃんが力になってあげてよ」

「わ、私に出来る事なら」

「まぁ、詳しい事は俺はなんにも知らないんだけど」

「ええっ!?」

「忘れちゃってるかもしんないんだけど、俺って執行官だからさぁ、手伝いたくても手伝えないっつーか、話せない事もある的な?だからほら、頼むぜ朱ちゃん。何か聞けたら俺にも教えてよ」

「此木監視官が話せない事なら私にも無理だよ……!」

「やっぱ駄目か」


軽く笑い、ハンバーガーを口にする。
大きくかぶり付き咀嚼しながら、流されてはくれなかった相手に少しだけ残念な気持ちを飲み込んだ。
そういやギノさんの監視官になった理由は聞いた事がなかったわ。


←prev next→
top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -