成しうる者B


点滴に繋がれ、ベッドへ横になっている狡噛を見下ろす。
室内は広く、だが寝ているのは狡噛ただ一人。心拍、呼吸、その諸々の数値を測定しているモニターの音のみが、ただ静かに響いている。

俺の記憶にある限り、狡噛がドミネーターで撃たれたのは初めての筈だった。
そもそも、執行官が撃たれる、という事自体が少ない。
逃亡を図るか、犯罪を犯すか。
その最悪の展開以外で、執行官に発砲する監視官など存在しなかった。
猟犬ではあるが、大切な仲間の一人だ。


「………………」


まぁ、今回は俺のせいとも……言えない事もない。
征陸さんと共にあの場で常守を引き留めていれば、こんな事にはならなかっただろう。あまつさえ、狡噛が追ったと促してしまったのだ。
俺が割って入らなければ、居合わせるタイミングもズレていたかもしれない。
──たとえ、狡噛がわざとその隙を作ったのだとしても。


「……すまなかった」


今日ここへ来た目的。
それを果たすべく、一言、そう謝罪する。
起こすつもりはない。
ただ言っておきたかっただけの事だった。

沈黙の中で、無意識の内にとどめていた息をそっと吐き出す。
動けない狡噛、というのは、あまり見ていたいものでもなかった。
今回はパラライザーだから良かったものの、狡噛の犯罪係数は油断ならない数値を叩き出している。


「………………此木」


立ち去ろう、と踵を返しかけた瞬間、ひどく掠れた声が俺の名を呼んだ。
驚いて見下ろせば、目覚めた狡噛が、凪いだ瞳でこちらを見上げてきている。
いや──この表情は、違うか。


「起きていたのか」


でなければ、このタイミングで呼び止めはしないだろう。
どうせなら最後まで寝たふりでもしておいてくれれば良かったのに。


「…………聞いていたか?」


確認するまでもないが、一応、万が一の可能性にかけて、訊ねてみる。
ふ、と小さく息を吐き出して、狡噛の口角が上がった。
あぁ、やっぱりか……。
気付かなかった俺も悪いが、起きているならそれなりの動きを見せてくれてもいいだろうに。いや、動けないんだったか。俺が起こしてしまったのか?
この際それはもうどちらでもいいかもしれない。聞かれていたという事実に変わりはない。
諦めと共に嘆息する。
呼び止めたのは、謝る必要はない、とでも言いたいのだろうか。


「狡噛………俺は、お前を撃ちたくはない」


気付けば、口から勝手にそんな言葉が滑り落ちていた。
自分自身に驚きながら、その内容に納得する。

犯罪係数。サイコパス。
俺とは無縁のその数値で、親しい相手が失われてしまうというのは、酷く現実味がない事だった。
それが、行動一つで、簡単に排除対象となってしまうのだと。今はそれをまざまざと見せつけられているようで、落ち着かない。
監視官と執行官では、その立場が違いすぎる。
頼むから。
余計な事はしないで欲しい。


「撃たれた姿も、なるべくなら見たくはない」

「………………」


狡噛は何か言いたげな顔をしたものの、やはり声を出すのはまだ辛いらしい。息を吸い込んだ後、眉間に深くシワが寄せられた。
これはこれで、良かったのかもしれない。余計な反論を聞かなくて済む。


「そんな訳で、これからは──」

『エリアストレス上昇警報。足立区、伊興グライスヒル内部にて規定値超過サイコパスを計測。当直監視官は執行官を伴い、ただちに現場へ直行してください』


病室にも届いた警報の音。
つい反射でスピーカーを見上げてしまったが、俺は当直ではない。


「──大丈夫だ。今日は宜野座も来ている。もしもの場合は駆け付けるだろうし……俺も行く。ここでゆっくり休んでくれ」


言いかけていた言葉を飲み込み、警報に反応した狡噛を押し留める。
今日の当直は常守だった。
よりにもよってこんな日に、起こらなくたっていいだろうに。

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