「あの…ハンジさん」
思いきって。
そう表現されるままの表情で、エレンが口を開いた。
巨人化の実験中、他の皆が離れたタイミングを見計らったかのように。
なんとなく、何を尋ねられるのかを想定しながらハンジは口元に笑みを浮かべる。
「なにかな?」
「ナナシ分隊長の事で…ちょっとお聞きしたいんですが」
「ナナシの何が知りたいんだい?」
やはり、か。
そんな事を思いながら、先を促してみる。
まさかリヴァイには聞けないだろうし、本人と直接話すのはまだ気が引ける、といったところだろうか。
「オレ、ナナシ分隊長には嫌われてると思ってたんですけど、そうでもないみたいで…よく分からないっていうか」
「嫌ってはいないよ。あの時はただ…そうだね、君に興味がなかっただけなんだ」
これは酷い言い方だったかもしれない。
固まるエレンを見て反省するが、事実なものは仕方がない。
あの地下牢で、初めて相対した時。
そしてエルヴィンが手を差し伸べていた時も、不器用なリヴァイがフォローのようなものに聞こえなくもないものを入れている間も、ずっとナナシは無関心だった。
なにか話してみなよ、とは言ったのだが、エレンを一瞥しただけで動こうとはしなかった。
「ナナシは強い人…っていうか、生き残ってくれる人にしか心を開かないからね」
「はぁ…」
あ、これは伝わっていないな。
どう言えばいいんだろうか?
私がそう頭を悩ませている間に、どうやらエレンは違う解釈をしてしまったようだった。
「巨人になれるのに、弱いと思われてたって事ですか?」
「いや実際君弱いじゃない。ナナシにかかれば瞬殺だよ?」
「!?」
驚かれてしまった。
違う、そういう事じゃないんだ。
どうも話の流れがおかしな方にいってしまった。
「普通なら何年か付き合わないと名前すら覚えないんだけど、エレンの事はもう覚えていただろう?だから、嫌いってわけじゃない。むしろ──」
「おい、いつまで無駄話をしているつもりだ?」
ビクリ、と大袈裟な程にエレンの肩が跳ねた。
長く話しすぎたらしい。
ご機嫌が斜め下に向かっているらしいリヴァイの声が割り込んできた。
いくらか離れていた筈だが、戻ってきたようだった。
思いのほか過保護だね。
「ああ、ごめんごめん。もう終わったから」
話を中断させて笑ってみせると、ものすごい目で睨まれた。
頼りにされない君に変わって可愛い後輩の相談に乗っていただけだというのに、それはあまりに理不尽だ!
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