「それで、話は出来たのかい?」


捕らえた巨人の観察から目を離し、ハンジが問いかけてくる。

どうでもいいが近すぎる。
ビーンだかソニーだかの目と鼻の先で振り返った状態のハンジは、離れてください分隊長!!!という悲鳴に似た懇願を軽く流して俺を見ている。
いくら太陽を遮断した状態だと言え、あまりに危険だ。
危険なので、俺も隣に並ぶ事にした。
ナナシ分隊長まで!?という悲鳴は聞かなかった事にする。


「イェーガーとアッカーマン、それにアルレルト…だったか?話せたと言えば話せたかな…。あいつらすごいよ。リヴァイをチビだと言っていた」


「あははははは!それは凄い!!命知らずにも程があるよ!!それにこんな短期間でナナシが名前を覚えるなんて、快挙じゃないか?」

「さすがにあんな騒ぎがあれば覚えるさ。…にしても、あれはやりすぎだった。まぁ俺も止めなかったんだが」

「リヴァイも自覚はあるんじゃない?エレンすっかりビクついちゃってるしね。けどあの様子じゃエレンはそんなことは言わないだろうから、ミカサかな?…強そうな子たちで良かったね」

「ああ」


頷いて、目を閉じる。
まだ幼さの残る、緊張に固まった表情。アッカーマンはそれに少しの敵意が混じっていた。

件の少年が楽しそうに会話する姿は見えていたものの、そのまま通り過ぎるつもりだった。
調査兵団では、生き残る者は少ない。新兵となればなおさら。
巨人になれるとは言え、それで生存の確率が上がるかと言われれば、そうは思えなかった。
すぐに居なくなってしまう者達と話したところで、あとで虚しくなるだけだと嫌という程思い知ってしまってから、既に親しくなっていた者以外には『話しかける』、という選択肢自体が自分の中から無くなってしまっていた。
それを指摘したのは隣に立つハンジだが、特に直せと言われるようなこともなく。
時々こうして変化があれば、なにげない会話の中で尋ねてくれる。
それに感謝してはいるが、伝えた事は無かった。
まぁ、伝えずともわかってくれているのだろう。

イェーガー達が見えた時も、ただ何事もなく通り過ぎようと思っていた。
だが聞こえた単語に思わず立ち止まってしまっていたのだ。
…まさかのチビ。
随分長く兵団の中にいるが、あのような命知らずな発言を聞いたのは初めてだった。


「あ、危ないよナナシ」


ガチン!!!と先程まで自分の頭があった位置にビーンだかソニーだかの口。
咄嗟に避けられたのはハンジの声のおかげだったが、それにしてもやはりこの距離は危険すぎる。
ご無事ですか分隊長!!?という最早聞き慣れてきた悲鳴に僅かに罪悪感を感じ、少しだけ離れる事にした。


「よくこんな近くで観察出来るな」


離れる前に隣を見れば、眉を下げたハンジと目が合った。
なんとも心許ない表情だ。

『なんでもいいから知りたいんだ』
いつか、そう言った時と同じ、泣きそうな。
エレンという巨人が現れた事で、今まで常識とされていたものでさえ、何もかもが崩れ去ってしまっていた。
ハンジもそうなのだろう。
崩れ去って、見失って、見つけられない。
だが、誰に頼るわけでもない。
今も必死に知ろうとしている。
…それがこの距離感か。


「気をつけろよ」


これはハンジにしか出来ない事だ。
一言だけ告げて距離を開ければ、一瞬だけ瞳を揺らがせたハンジが唇を引き結んだ。
泣くのを堪える癖だと、過去の経験から推測する。最近は随分少なくなったが、ハンジも自分も、涙を忘れたわけではないのだ。
そのまま巨人に向き直ったハンジからは「ナナシもね」とよくわからない返事が返ってきた。

この変人で意地っ張りな彼女の隣に立てる時間が、少しでも長くなるように。
まだまだ自分は死ぬわけにはいかない。

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