調査兵団の本部へ戻るのは久々の事だった。リヴァイと共に来るのは、エレンの身柄を預かってからは初めての事かもしれない。
当のエレンは今、本部の外でリヴァイ班のメンバーと共に待機してもらっている。中に入るにはまだ色々と問題が多かった。その問題を片付ける為にも今日はこちらへやってきている訳なのだが。


「…………面倒なのが来たな」


エルヴィンの所用が済むまでの時間を潰していた最中、前方から歩いてきた人物に先に気が付いたのはリヴァイだった。
遠目からでも上機嫌さが窺える様子のハンジが、モブリットを引き連れてこちらへやってきている。
今日はハンジは呼ばれてはいなかった筈だが……ここへ通りかかったのは偶然か。


「ソニーとビーンの実験でも上手くいったのか…?」

「あいつが上機嫌だと嫌な予感しかしないがな」


それには同意するしかない。
話を止め、かといってその場を後にする事も出来ず何とはなしに二人でその様子を眺めているとこちらに気付いたハンジが片手を上げた。


「やぁ!リヴァイにナナシじゃないか!こっちで二人が揃ってるなんて珍しいね。って、あれ?二人で?」

「エレンなら外だ」

「どうしたんだい?何かあっ──!?」

「えっ」


俺とリヴァイに問いかけながら、ガツッと音を立ててハンジが盛大に蹴躓いた。
えっ、と声を上げたのは果たして誰だったのか。少なくとも俺とリヴァイではなかった。
ハンジは目を見開きながら体勢を崩している。何の障害物もない床で、一体何に躓いたというのか。
その場に偶然居合わせてしまっていた部下達も、分隊長の見事な躓きっぷりに動きを止めている。

リヴァイは無言のまま。呆気にでもとられているのか、助ける気は皆無のようだ。
ハンジの背後から手を伸ばしているのはモブリットだ。しかし間に合いそうにもない。


「…………」
「…………」


刹那、ハンジと目が合う。
救いを求める眼差し。
抱き留められない距離でもない。
受け止めようと一歩前に踏み出した所で、背後から声がした。


「ナナシ、先に少し頼みたい事があるんだが」

「なんだ?」


エルヴィンだった。
反射的に振り返る。
後ろでビターン!!と何かが床へと激突したような音と、「あぁっ!ご無事ですか分隊長!?」というモブリットの悲鳴が響いていた。




***



「そりゃエルヴィンを優先する気持ちもわかるけどさ……さすがに酷いと思わない?」

「見捨てられ方が見事だったと噂で聞きました」

「噂になってんの!?」


先程の出来事をエレンに愚痴ると、思いも寄らない返事が返ってきた。
さっきの今で!?そんな悲しい噂が!?


「い、いや、でも、一応助けてくれようとはしていたんですよね?ナナシさん」

「た、多分ね……リヴァイは微動だにしていなかったけど、ナナシはこう、受けとめてくれようとはしていた……と思う」 


思いたい、ともいう。
エルヴィンからの呼び掛けは実は無関係で、初めから見捨てられていただとか。そんなことはきっとない。ない筈だと信じたい。
エレンの後ろでリヴァイ班の四人が顔を見合わせている。


「ナナシ分隊長なら見捨てるなんて事は……」

「だが相手はハンジ分隊長だぞ」

「──なら、エレンとエルヴィンだったら、どっちを優先すると思う?」

「えっ」


こそこそ話していたエルドとグンダの言葉を聞いて、唐突に興味を引かれた。

派手な音とモブリットの悲鳴に何事かと覗き込んできたエルヴィンに、そういえば、という顔をして振り返ってきたナナシを思い返す。

今日のところは私の完敗だ。
そこは認めよう。
あれが、エレンだったならどうだっただろうか。


「………………。聞いといてなんだけど、エレンを助ける未来しか見えないね」


ナナシならきっとエレンを受け止める。
なんだったらリヴァイも助けに入りそうだ。
自傷に入るかは微妙なところではあるけれど、不要なリスクは回避させるだろう。
エレン以外の全員も頷いている。

しかし、これは。
私が例外なのか、エレンが例外なのか。
ナナバあたりであってもナナシは助けそうだけど、もし仮にミケやリヴァイであったなら見捨てていそうな気もする。
命にかかわる危機でもなければ、ナナシは基本的にドライだ。
最近は少しずつ替わってきているみたいだけど……どうだろう?
知りたいような、少し知るのが怖いような。


「ハンジさん?」


考え込みすぎていたようだ。
エレンの心配するような呼び掛けに我に返る。
今日のところはエルヴィンが大好きなナナシの当然としての行動ということにしておこう。そうしよう。

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